旧東京名所紀行
歌え!「電車唱歌」

 「鉄道唱歌」の流行を見て、明治38年(1905)10月に作られたのが「電車唱歌」です。発展しつつあった東京の路線図を追っかけてみると……浅草十二階や銀座赤煉瓦街などが歌われ、時代を感じさせてくれます。劇場は触れられてますが、映画館や百貨店が出てこないところもいい感じ。というわけで、なぜか発表の12年後に大ブームとなった歌を、画像付きで一挙公開!
(作詞:石原万岳 作曲:田村虎蔵)


一  玉の宮居(みやい)は丸の内  近き日比谷に集まれる
   電車の道は十文字  まず上野へと遊ばんか

二  左に宮城おがみつつ 東京府庁を右に見て
   馬場先門や和田倉門 大手町には内務省

馬場先門通り
馬場先門通り

三  渡るも早し神田橋 錦町より小川町
   乗りかえしげき須田町や 昌平橋をわたりゆく

四  神田神社の広前(ひろまえ)を すぎて本郷大通り
   右にまがりて切通し 仰ぐ湯島の天満宮

五  いつしか上野広小路 さて公園に見るものは
   西郷翁の銅像よ 東照宮のみたまやよ

上野広小路
上野広小路

六  博物館に動物園 パノラマ美術展覧会
   不忍池畔(しのばずちはん)の弁財天 四季の眺めもあかぬかな

七  浅草行に乗行かば 左に上野ステーション
   走るも早し車坂 清島町(きよしまちょう)をうちすぎて

上野駅
上野駅

八  はや目の前に十二階  雷門より下りたてば
   ここ浅草の観世音 詣ずる人は肩を摩(す)る

九  五重塔よ仁王門 水族館よ花やしき
   おどり玉のり珍世界 奥山あたりのにぎやかさ

浅草仲見世
浅草仲見世

十  さて浅草より上野へと 還る電車の道すがら
   甍(いらか)の空に聳(そび)ゆるは 名高き東本願寺

十一 電車は三橋のたもとより 行くては昔の御成道(おなりみち)
   万世橋をうちわたり 内神田へと入りぬれば

万世橋駅
万世橋駅

十二 須田町鍛冶町うち通り 今川橋よ本石町
   室町すぎて日本橋 さても都の大通り

十三 商家は櫛の歯をならべ ガス燈電燈夜をてらし
   通り三丁 四丁目や つづく中橋広小路

十四 京橋わたれば更に又 光まばゆき銀座街
   道には煉瓦をしきならべ なみ木の柳 風すずし

銀座通り
銀座通り

十五 銀行 会社 商舘の ならべる大廈(たいか)高楼は
   いずれも石造 煉瓦造 目を驚かすばかりなり

十六 新橋わたりて左には 同じ名のあるステーション
   線路はおなじ大通り 芝の町々走り行く

十七 大門町の左には 電車鉄道会社あり
   ほどなく高輪泉岳寺  四十七士のあとも訪(と)え

十八 さて品川につきぬれば 横浜 川崎 羽根田へと
   通う電車も開けたり げにも便利のよき事や

十九 なお電鉄には日本橋 しろかね町を右に折れ
   浅草橋をうち渡り 蔵前すぎて雷門

廿(二〇)もとの線路を引きかえし 浅草橋より道かえて
     横山町を通りすぎ 本町さして還るあり

廿一 街鉄線(がいてつせん)は三田よりぞ 芝園橋をうちわたり
   左に見て行く公園は 徳川氏の廟所にて

廿二 松風すずしく園きよく 東宮殿下御慶事の
   記念燈あり丸山に 伊能忠敬の碑も建てり

御慶事記念塔
御慶事記念塔

廿三 愛宕の塔を見あげつつ 幸橋をわたるまに
   いつか日比谷につきにけり いで公園を見てゆかん

廿四 さても日比谷の公園は 池あり丘あり広場あり
   四季の草木を植えこみて 市民上下(しょうか)の遊歩場

廿五 新宿行に乗るやすぐ 桜田門より下りたたば
   二重橋より宮城を ほのかに拝みまつるべし

廿六 桜田門をすぐる頃 左に見ゆる建物は
   大審院よ司法省 なおもつづける海軍省

海軍省
海軍省

廿七 はやも参謀本部前 たてる馬上の銅像は
   ながれも清き有栖川 熾仁(たるひと)殿下の俤(おもかげ)ぞ
 
参謀本部 有栖川宮の銅像
参謀本部と有栖川宮の銅像

廿八 電車はいつか三宅坂 陸軍省のそば近く
   右の御濠(おほり)に宮城の みどりの松の影深し

陸軍省
陸軍省

廿九 青山行は乗りかえて 赤坂見附 一つ木を
   過ぎて東宮御所の前 電車はゆくなり四丁目へ

卅(三十)青山墓地へは三丁目 渋谷氷川の病院を
     訪わんとならば四丁目に おりてゆくべし左へと

卅一 新宿行は更になお 衛戍(えいじゅ)病院前をすぎ
   半蔵門の前よりぞ 左に折れて麹町

卅二 十町(じっちょう)過ぎて四ッ谷門 見附を出でて大横町
   伝馬町より塩町よ 新宿さしていそぎゆく

四谷見附にあった消防分署
四谷見附にあった消防分署

卅三 新宿駅より甲武線 四ッ谷 市ヶ谷 牛込や
   飯田町をばうち過ぎて その名も清きお茶の水

卅四 その道すがら右左 目に入るものは青山の
   練兵場や学習院 士官学校 八幡宮

青山練兵所
青山練兵所

卅五 外濠線は四ッ谷より 市ヶ谷見附 神楽坂
   砲兵工廠前をすぎ お茶の水橋 駿河台

卅六 小川町より錦町 鎌倉河岸より常盤橋
   左に高き建物は 日本三井の両銀行

卅七 呉服橋より鍛冶橋と すぎ行く道は八重洲河岸(やえすがし)
   帝国ホテルを対岸に 見つつ土橋の停留所

卅八 右に曲りて程もなく 内幸町とおりつつ
   なお行く先は虎の門 議事堂近く建てるなり

卅九 赤坂区へと入りぬれば 溜池田町たちまちに
   弁慶橋もうちすぎて 四ッ谷見附に至るなり

四十 また日比谷より街鉄は 数寄屋橋より尾張町
   三原橋をば渡りすぎ 木挽町には歌舞伎座よ

歌舞伎座
歌舞伎座

四十一 新富町には新富座 芝居見物するもよし
    ここは築地よ名も高き 西本願寺のあるところ

四十二 北島町や坂本町 茅場町より乗りかえて
    深川行は霊岸町 すぐればやがて永代よ

四十三 橋を渡りて深川区 亀住町にいたるなり
    ここに名高き富ヶ岡 八幡宮を拝むべし

四十四 茅場町より蠣殻町(かきがらちょう) 水天宮の前をすぎ
    人形町よ住吉町 浜町河岸の景色よさ

水天宮
水天宮

四十五 はや両国の停留所 橋を渡れば本所区
    左に折れて総武線 高架鉄道十文字

四十六 又も左に折れ曲り 厩橋をばわたりすぎ
    黒船町よ小島町 ゆくや上野の広小路

四十七 両国よりは更になお 柳原河岸とおりすぎ
    また須田町に来て見れば 実(げ)にや八達四通(はったつしつう)の地

四十八 小川町より九段ゆき 靖国神社に詣でんと
    東明館の前をすぎ 俎橋(まないたばし)にいたるなり

四十九 坂をのぼれば左には 西南役の記念碑や
    右陸軍の偕行社(かいこうしゃ) 見わたし広し景色よし

五十  靖国神社 の広前に 大村 川上両雄の
    いさおも高き銅像は 千代も朽ちせぬ世の鑑(かがみ)

五十一 遊就館に入り見れば 古今の武器や戦利品
    国につくししますらおの 肖像高く掲げらる

遊就館
遊就館

五十二 靖国神社に詣ずれば 大君(おおきみ)のため国のため
    身をつくしたるもののふの 御霊ぞ代代を護るなる

制作:2002年4月8日

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