ガガーリン資料集3
ソ連科学アカデミーでの記者会見
給料はいくらですか?

 新時代の4日目である。人間自身が、自然のはりめぐらしたあらゆる障壁を突破して、宇宙 に乗りいってから4日目である。
 最初の宇宙飛行についての第1回の新聞記者会見の会場である「学者の家」には、ソビエト人も外国人もふくめて、何千という新聞記者、学者、社会活動家、外交官が、この数日間につもった幾百万の人々の好奇心、最初の宇宙飛行士の口からその目で見てきたものの話を聞きたいというかれらの熱望を、いわばその身につけてやってきた。

 ユーリー・ガガーリンが、学者たちにかこまれて会場の人々のまえに姿をあらわしたとき、幾千の目、幾百のレンズ、幾十の映画やテレビのカメラが、この場面に、ユーリー・ガガーリンに、向けられた。人々は席からたちあがって、起立したまま英雄に喝采をおくった。この会見がつづいた2時間のあいだに、人々は、宇宙を征服した人間にたいする感激をあらわし、この人に最高の敬意を表するために、なおなんどもたちあがって拍手をおくったということを、まえもって言っておこう。

ガガーリン 降下がどのようにしておこなわれたかという質問を、たくさん受けとっています。この質問全部にたいして、いちどに答えさせていただきます。
 わが国では、着陸の技術について、いくとおりもの方法がつくりあげられております。パラシュートによる方法もその一つです。しかし、今回の飛行では、つぎのような方式が実施されました。操繰士が船室内にとどまったまま、降下が成功裏におこなわれました。これは、すべての着陸装置が高い性能をたもち、りっぱに作動したことをしめすものでした。


問い 「ウォストーク」号から撮影した地表の写真は公表されますか?
答え 「ウォストーク」号の船室には写真機も撮影装置もぜんぜんのせてなかったのです。写真などはぜんぜんとりませんでした。したがって、なにも公表されるものはありません。

問い 飛行中に、とくに空腹を感じたり、のどがかわいたりしたことはありませんでしたか?
答え 飛行中に、とくに空腹を感じたり、のどがかわいたりしたことはありません。計画にしたがって食物をとる時間がやってきたときには、この地球上で飲み食いするのと同じ感じでした。

問い あなたが最初の候補者だということを、いつごろ知らされましたか?
答え わたしは、自分が最初の候補者だということを、適切な時に知らされました。(笑声、拍手)
   十分準備をととのえるだけの時間がありました。


問い この歴史的な飛行で無線通信がはたした役割をどう評価しますか、宇宙では地球の声はどういうふうに聞こえましたか?
答え 今回の飛行で無線通信がはたした役割を、わたしはたいへん高く評価しております。無線通信のおかげで、わたしは、地球とたえず連絡をとり、指令をうけとり、宇宙船上からすべての装置の作動状況についての情報をつたえ、自分の観察したことをつたえ、わが国民や、政府や、党のたえまない支持を感じることができたのですし、飛行中孤独を感じないですんだのです。

問い 地上でむかえた人々の一団は、あなたの着陸前に到着していたのですか、それとも着陸後に到着したのですか?
答え 着陸と、むかえる人々の到着とは、ほとんど同時におこなわれました。

問い あなたの体重はどのくらいですか?
答え 飛行前の体重は69.5キログラムでした。現在の体重も同じです。

問い 下降距離はどのくらいですか?
答え 下降距離は、下降時間の長さでわかります。減速装置のスイッチがいれられたのは10時25分 で、着陸は10時55分におこなわれました。したがって、その距離は数千キロメートルだったということになります。

問い まえに弾道ロケットで飛んだことがありますか?
答え 飛んだことはありません。

問い 世帯持ちで、2人の子供の父親であるあなたを宇宙におくりだしたということは、政府もあなたも、飛行がぶじにおわることを確信していたということですか?
答え この質問では、「おくりだした」ということばを「委託した」ということばにおきかえたいとおもいます。そして、わたしは、この委託をうけたことをたいへんうれしくおもい、誇りにしております。また、すべてがうまくはたちき、飛行が成功するだろうという点については、だれひとり疑ったものはありませんでしたーーわが国の政府も、科学者も、技術者も、それからわたしも、疑いませんでした。(拍手)

問い 飛行中どんなものをたべましたか? ふつうの食物でしたか、それとも、とくに無重量状態での食事用につくられた食物でしたか?
答え それは、医学アカデミーで調製した特別の食物でした。

問い あなたは、なにか記念品を、たとえば近親者の写真とか、なにかのお守りとか、そういうふうなものを宇宙にもっていきましたか?
答え 私は、どんなかたみも、お守りも、その他そういう種類のどんなものも、信じていないということを、断言できます。写真などはなにももっていきませんでした。というのは、自分が地球にかえって、地上で自分の目で親類や肉親のものを見られるということを、確信していたからです。(拍手)

問い 今回の宇宙船、あるいはその個々の部分は、もう一度使用できるでしょうか?
答え この質問は、むしろわが国の技術者に関係のあるものです。しかし、私には、全体としての宇宙船も、その装置も、もう一度宇宙飛行に使用できると言っても、まちがいはないだろうと思われます。

問い 南アメリカのうえを飛んでいるとき、飛行は正常におこなわれ、あなたの気分は良好だった、とあなたは報告されました。南アメリカの住民としておたずねしたいのですが、宇宙飛行の高度からみたわたしたちの大陸はきれいでしたか?
答え たいへんきれいでした。(笑声)

問い きのうあなたは、あなたの友人の宇宙飛行士たちが新しい宇宙飛行をおこなう用意をもっていると、言いました。かれらは何人ぐらいいるのですか? 1ダース以上ですか?
答え わが国では、その宇宙開発計画におうじて宇宙飛行士を訓練しております。そして、かれらの数は大きな宇宙飛行をおこなうのにまったく十分だと、わたしは考えます。(拍手)

問い あなたは、科学者の作成した課題の計画を全部遂行しましたか? もっと大量な課題がだされたとしても、楽に遂行できたでしょうか?
答え 指示された計画は全部遂行しました。また、第2の質問についていえば、計画は、遂行可能な条件を考慮してつくられたものだと思います。そして、する必要があったことは、わたしははたしました。

問い 今回と同じような軌道で、数時間、あるいは数日間飛行しても、飛行士の生理あるいは心理になんの支障もきたさないだろうと、あなたは考えますか?
答え 私が軌道上にあったあいだの気分からおして、主観的な結論をいえば、今回の飛行よりもはるかに長い時間飛行できるだろうとおもいます。

問い あなたがおこなった飛行は、あなたの政治的確信をつよめるものですか? あなたが話された考え、つまり管理をともなう完全な軍備撤廃が必要だという考えを、それは裏書きするものですか? また、なぜ、そうなのですか?
答え この質問にたいしては、それ以上なにかをつけくわえて言うことは、わたしには困難です。またフョードロフ・科学アカデミー会員がこの問題についてお話しした以上にうまく、りっぱに言うことは、私にはできないだろうとおもいます。この質問にはかれが完全に答えたと、わたしは考えます。

問い あなたの飛行の実際の状態は、あなたが飛行前に考えていた状態とちがっていましたか? もしちがっていたとすれば、どういう点がちがっていましたか?
答え ツィオルコフスキーのある著書に、宇宙飛行の諸要因がたいへんよく書かれております。わたしが遭遇した諸要因は、かれが記述しているものとほとんどちがいがありませんでした。

問い 宇宙から脱けだして、ふたたび祖国の土地にかえってきたとき、どんなふうに感じましたか、答えてください。
答え そのとき、わたしのいだいた感情をつたえることは困難です。それは喜びでもあり、誇りでもあり、幸福感でもありました。委託された課題をはたしたということ、この飛行を実現したのがソ連であり、その科学者たちであるということ、わが国の先進的な科学がさらに前進をとげたということ、それが幸福だったのです。

問い あなたの給料はいくらですか? この飛行でなにか特別の報賞をうけましたか?
答え わたしの給料は、ソビエト人のだれとも同じように、わたしの必要をみたすのにまったく十分な額です。
   わたしはソ連邦英雄という高い称号をさずけられました。これこそ、もっとも高貴な報賞です。

問い あなたはもうー度飛ぶことがあると考えますか、それともつぎはだれかほかの人が飛ぶのでしょうか?
答え わたしは、どんな新しい任務でもはたす用意があると、すでに党と政府に報告いたしました。
   わたしは、ソ連邦宇宙飛行士という称号を獲得しました。この称号があれば、宇宙に飛行することができます。もし第二の飛行をおこなうことを委任されれば、わたしは喜ぶでしょうし、感謝するでしょう。しかし、わが国には多数の宇宙飛行士がいて、かれらもこの飛行をおこないたいとのぞんでいるとおもいます。


問い あなたは、地球がよく見えたといいました。それは、宇宙船の窓から見えたということですか、それともカラー・テレビ装置をとおしてみたということですか?
答え わたしは宇宙船の明り窓からみたのです。

問い つぎの宇宙飛行は、いつ、おこなわれますか?
答え 必要がおこったときに、わが国の科学者たちと宇宙飛行士たちが、その飛行をおこなうだろうとおもいます。

問い あなたは宇宙飛行士協会の会長になるでしょうか?
答え それは私のきめることでないとしか申せません。もしえらばれれば、なります。

問い 今回の計画にもとづいて「ウォストーク」号で月まで飛行することができたでしょうか?
答え 宇宙船「ウォストーク」号は、月への飛行を目的としたものではありません。そういう目的のためには、特別の宇宙船がつくられており、やがて完成するでしょう。

 新聞記者会見はこれでおわった。全員が、人類を新しい時代にみちびきいれたユーリー・ガガーリン、ソビエトの科学者、技術者、設計家、労働者に、かさねて熱烈な拍手をおくった。

出典:「人類最初の宇宙飛行 ソ連人間宇宙船の成功」(1961年5月、ソ連大使館広報課)

制作:2013年2月17日

●4月12日、宇宙飛行の様子(総論)
●4月13日、ガガーリンのインタビュー(「地球は青かった」の出典となった「イズベスチヤ」紙の全文)
●4月14日、祝賀会の様子
●4月16日、ソ連邦科学アカデミーでの記者会見
●幼少期から家族まで27歳の履歴書
●宇宙船「ボストーク1号」の構造
●宇宙飛行士の訓練方法

●NASAの誕生・宇宙開発の歴史

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