ガガーリン資料集6
宇宙飛行士の訓練


 最初の宇宙飛行をなしとげることができるのは、任務の責任重大さを認識し、このすぐれた功業をなしとげるために自分のもっている力と知識のすべてを、ばあいによっては自分の生命までもささげることに、はっきりした自覚と自由意志をもって同意したものだけであった。数千人のソビエト市民ーー祖国を愛する人々、さまざまな年齢と職業の人々が、宇宙空間への飛行をなしとげたいという願いを表明した。ソビエトの科学者のまえには、膨大な人数の志願者のうちから、科学的に根拠のある仕方で最初の宇宙飛行士たちをえらびだすという課題が提起された。

 宇宙飛行をおこなうにあたっては、人間は、外部環境のたくさんの要因(加速度、無重量状態、その他)の作用をうけ、神経や情緒のいちじるしい緊張を経験する。このことは、その人に、精神的および肉体的なカのすべてを発揮することを要求する。そのうえ、宇宙飛行士は、高度の活動能力を維持していなければならない。すなわち、複雑な飛行環境のなかにあって方向を見いだし、必要とあれば宇宙船の操縦をおこなう能力を、維持していなければならない。これらすべての事情のため、宇宙飛行士にたいしては、その健康状態や、その心理的素質や、その一般的および技術的訓練の水準の点で、高度の要求が課されている。

 このような素質は、飛行士という職業において、もっとも完全に結合されている。すでに飛行士の活動そのものが、その人間の神経・情緒領域が安定しており、すぐれた意志素質をもっていることを要求するのである。だが、最初の宇宙飛行士たちにあっては、これはとりわけ重要である。もっとあとになれば、このような飛行に参加する人々の範囲は、無条件に大きく拡大しなければならないし、また拡大することが可能である。

 宇宙飛行士のグループを編成するにあたって、宇宙飛行をおこないたいという願いを表明した多勢の飛行士たちとの面談がおこなわれた。かれらのうちでもっとも訓練をつんだ人々にたいして、綿密な臨床的および心理学的な検査がおこなわれた。この検査の目的は、各人の健康状態を判定し、予定されている飛行の特徴であるさまざまな要因に耐える点での各人のかくされた不十分さ、または弱さを発見し、これらの要因の作用にたいする各人の反応を評価するということにあった。

 検査は、最新の生化学、生理学、電気生理学および心理学上の一連の方法をもちいておこなわれた。またこのために特殊な機能試験も利用されたが、これは人体の基本的な生理系統の予備的能力の評価を可能とするものであった(いちじるしく稀薄(きはく)な空気密度のもとでの気密室内での検査、気圧の落差状態のもとでの検査、高気圧条件のもとで酸素吸入を使用しての検査、遠心力発生機による検査、その他)。

 心理学的な検査も重要な一段階であった。これは、記憶力、判断力、能動的な注意、転換能力、精密な総合的運動を急速におこなう能力の点で、もっともすぐれた人材を発見することを目的としていた。

 こういう臨床的・生理学的検査の結果、宇宙飛行士のグループが編成され、このグループは、特別な教育課程、さらに、地上や飛行機上で宇宙飛行の諸要因を模倣してつくり出した特殊な訓練台や訓練装置による訓練課程の実施に着手した。それと同時に、宇宙飛行中の諸要因をまねてつくり出された諸要因の作用にたいする各人の反応の個人的な特質が測定された。

 特別な教育課程とは、予定される宇宙飛行の課題と結びついた基本的な理論問題についての必要な知識や、さらに宇宙船船室内の設備や機器の実地の使用法を、宇宙飛行士たちに習得させることも目的としたものであった。この課程は、ロケットや宇宙飛行技術の基礎、宇宙船の構造、天文学、地球物理学、宇宙医学の基礎の研究などからなっていた。

 ——飛行機による無重量状態の条件のもとでの飛行
 ——宇宙船船室の模型や特殊な訓練装置による訓練
 ——遠心力発生装置による訓練
 ——飛行機からのパラシュート降下

 特殊訓練を実施する過程で、同時に、人間の宇宙飛行の安全を保証するいくつかの問題、とりわけ、飛行中の宇宙飛行士の食事、その服装、空気再生装置に関連のある諸問題が解決された。

 飛行機による飛行中に、無重量状態の作用をうけたばあいや、無重量状態から過荷重に移行したばあいの宇宙飛行士たちの個人的な反応が試験された。無線連絡をおこなったり、水や食物を摂取したりなどすることが可能かどうかが研究された。その結果、宇宙飛行の諸条件のもとで人間のおこないうる動作についてのいくつかの重要問題をあきらかにすることができた。

 選抜された宇宙飛行士の全員が無重量状態に十分に耐えることができるということが、たしかめられた。そのうえ、継続時間40秒にみたない無重量状態の条件のもとでは、液体、半液体および固体の食物をふつうにとり、微妙な総合的行為をおこない(手紙を書くこと、一定の目標にむけられた手の運動)、無線連絡をおこない、読書し、さらに空間で目測で方向をみいだすことが可能だということが、明らかになった。

 宇宙船船室の模型や特殊な訓練装置による訓練は、船室内の設備や機器を研究し、飛行課題を遂行するさまざまな方法をつくりあげ、ほんものの宇宙船船室内での生活に慣れさせるという目的をもっていた。このために特殊な訓練台がつくられたが、それは、電子機械を使った模擬装置(エレクトロニクス・シミュレーター)の助けをかりて、飛行中の変化に一致する現実の変化を計器のうえに再現することができた。飛行士の動作は現実の動作に一致 していた。非常のばあいの(事故のばあいの)飛行方法を実際にまねて、つくり出し、そういう状況のもとで宇宙飛行士のとるべき動作を訓練することができるようになった。

 特殊な設備を施した消音室内に長時間とどまる試験は、外部からの刺激がいちじるしく減じたなかで、宇宙飛行士が、狭い容積の隔離された空間内にただ一人で長時間とどまるという条件のもとで、彼の神経や心理に安定性をもたらすことを、おもな課題とするものであった。このばあい、現実の飛行で生じる条件に近い生活条件と食事条件がつくりだされた。

 広い範囲の生理学的検査をおこない、また特殊な心理学的・生理学的方法をもちいた結果、課題を正確に、的確に遂行する点ですぐれた指標をしめし、より安定した神経・情緒領域をもちあわせた人々を見いだすことができた。

 遠心力発生装置や、高温室内でのテスト(訓練)では、このそれぞれの作用にたいする宇宙飛行士の個人的な耐久能力が測定され、基本的な生理的機能の進行にたいするその影響が研究された。また外部環境のさまざまな諸要因にたいする人体の抵抗力を高める問題が、解決された。検査の結果、宇宙飛行士たちは、前記の諸要因の作用にたいしてすぐれた抵抗力をもっていることがたしかめられ、また、他のものにくらべてよりよくテストに耐えぬいた人々が見いだされた。

 パラシュート訓練の過程では、宇宙飛行士の一人一人が数十回の降下をおこなった。宇宙飛行士たちの一団の肉体的訓練は、計画課業と朝のトレーニングとからなりたっていた。計画課業は、おのおのの宇宙飛行士の身体の発育の個人的特質を考慮したうえでおこなわれた。朝のトレーニングは、毎日1時間おこなわれ、一般的な身体訓練を目的としていた。体育課業は、加速度の作用にたいする身体の耐久力をつよめ、空間内で自由に身体を使いこなす技能をつくりあげ、完成し、長時間にわたる肉体的緊張に耐える能力を高めることをめざしていた。

 身体の訓練は、医師の不断の観察のもとでおこなわれ、とくに選択された体操の練習、遊戯、ダイビング、水泳、特殊な装具による練習を結合していた。
 特殊訓練の課程を終了したのち、きたるべき宇宙飛行のための直接の訓練が組織された。この訓練にはつぎのものがふくまれていた。

 ——飛行課題、着陸地区の地図、宇宙船操縦規則、無線連絡法などの研究
 ——非常用品、および着陸後に着陸地点でそれを使用する方法の研究、方位測定装置の学習、その他
 ——宇宙服を着用し、予期される過荷重の最大値を再現した条件のもとでの遠心力発生装置によるテスト
 ——すべての安全装置をつかって、宇宙船模型のなかでおこなわれる長時間のテスト

 学習=訓練課業の結果、宇宙空間飛行のための訓練を経た宇宙飛行士の一団がえらびだされた。

 世界最初の人間の宇宙飛行を実現するために、宇宙飛行士たちの一団のうちから、飛行士ユ・ア・ガガーリン少佐がえらばれた。
 すばらしいソビエト人であるユ・ア・ガガーリンは、1934年3月9日に、コルホーズ農民の家庭に生まれた。かれの年来の夢は、飛行士となることであった。1957年にオレンブルク飛行学校を卒業したのち、ユ・ア・ガガーリンは、軍用戦闘機の操縦士という専門職業をあたえられて、ソビエト軍の一部隊に勤務した。

 かれは、熱心に志願した結果、宇宙飛行士の候補者の一人にくわえられ、首尾よく選抜試験に合格した。ユ・ア・ガガーリンは、宇宙飛行士の一団の訓練においてもっとも優秀な成績をあげた一人であった。
 世界最初の宇宙飛行士にえらばれるという高い信頼に、ユーリー・アレクセービッチ・ガガーリンは完全にこたえた。


出典:「人類最初の宇宙飛行 ソ連人間宇宙船の成功」(1961年5月、ソ連大使館広報課)

制作:2013年2月17日

●4月12日、宇宙飛行の様子(総論)
●4月13日、ガガーリンのインタビュー(「地球は青かった」の出典となった「イズベスチヤ」紙の全文)
●4月14日、祝賀会の様子
●4月16日、ソ連邦科学アカデミーでの記者会見
●幼少期から家族まで27歳の履歴書
●宇宙船「ボストーク1号」の構造
●宇宙飛行士の訓練方法

●NASAの誕生・宇宙開発の歴史

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