刑務所内でおこなわれる凶悪犯罪

ヌエストラ・ファミリア:メキシコ系アメリカ人の文化を守る

 ヌエストラ・ファミリア(
Nuestra Familia=「我が家族」の意)は、1968年、メキシカン・マフィアからの差別に対抗すべく、カリフォルニア北部の農村出身者たちを中心にフォルサム刑務所で組織された。

 1970年代、80年代と、刑務所にチカーノ(メキシコ系アメリカ人)が増加するにつれ、ファミリーのメンバー数も増え、刑務所での影響力も大きなものになっていった。

 元メンバーであるロバート・コーラーによると、ファミリーは一種の互助会として機能しており、刑務所の売店の商品を安く提供したり、懲罰房に隔離されている者に無料で商品を提供したりするという。ある種の福利システムなのだ。

 ファミリーのホームグラウンドは北カリフォルニアのベイエリアで、カリフォルニア州の拠点はペリカンベイ刑務所。ここから他の刑務所との麻薬取引や売春をコントロールしていることが確認されている。

 メンバーは沿岸部から東部に進出し、コロラド州に移り住む者も増加した。そこで逮捕され、結果的にコロラド州の刑務所でもネットワークを形成していく。特に、長期刑のメンバーが最も多く収容されているライモン刑務所は強固な拠点となり、刑務所システム全体の指令塔の役割を果たしている。

 コロラド州の刑務所は白人収容者が多く、刑務所内も白人文化になりがちだ。そんななかで、ファミリーは、チカーノ文化を維持する原動力となっている。そのため、ファミリーは、政治運動的な側面も大切にし、メンバーの肉体的・精神的保護とともに、文化の保護にも力を入れている。


刑務所で育てる犯罪活動の手先「狼の群れ」


 1997年にFBIが公表したレポートによると、ヌエストラ・ファミリアは刑務所内で新規メンバーをリクルートし、彼らが釈放されると同時にファミリーの犯罪活動の手先となる「狼の群れ」として育てている、という。

 あるメンバーは、ペリカンベイから釈放されると同時に、ソノマ郡の麻薬販売を一手に引き受けている顔見知りのギャングリーダーの殺害を命じられた。そのターゲットは、飲酒運転で短期拘留された留置所から釈放され、5日後に至近距離から銃で頭を撃たれ殺害された。

 逆に、ファミリーには「バッドニュース・リスト」と呼ばれる名簿が存在し、そこには、刑務所に来ると同時に襲撃しなければならない人間たちの名前が何百も書かれているという。彼らは、当局にバレずにコミュニケーションを取るため、虫眼鏡で見なければならないほど小さな文字で手紙を書いたり(カイトと呼ばれる)、古代アステカ文字を使ったりする。

 こうしたリストが、以前ペリカンベイ刑務所で見つかったときは、ファミリーメンバーの肛門の中に丸める形で隠されていたという。


刑務所内でのビジネスのやり方


 刑務所内でのヌエストラ・ファミリアの経済活動は、一般社会で物販を営む企業をモデルにしている。メンバーには5つのランクがある。

 レベル1(一番高い位)に属するメンバーには「店主」と呼ばれる人物がいて、麻薬を中心に、囚人たちが必要とする物をファミリーから仕入れ、それを自分の店(刑務所内の房のこと。セルという)で1.5倍の値段で販売する。ただし、ファミリーメンバーが購入する場合は、特権として利率は0か、もしくは非常に低く抑えられている。

 支払いが1週間遅れれば、額は2倍に跳ね上がる。支払いが滞ると、容赦なく取り立て部隊がやってきて、脅しをかけられる。時には、ツケが外にいるメンバーの家族によって肩代わりされる場合もある。

 店の儲けは秘密で、店主が頭の中に記憶しておくケースが多い。そうしたデータはまとめてファミリーの財政担当者(レベル1)に報告され、収支状況はすべてそこで管理される。

 レベル1には、店主や財政担当者のほか、5名ほどの幹部が存在する。幹部たちは総責任者、ファミリー内であまり評価のよくない者たち(レベル4)を管理する安全管理者、渉外担当者に分かれる。

 総責任者は、本部の意向を代弁し、ファミリー全体の利益を考えながら、活動全体を監督する。

 安全管理者は、ファミリーとそれ以外の囚人との関係を調整する役目で、他の者がファミリービジネスの邪魔をしないよう目を光らせ、万一、邪魔するようなら、殺害を含め、襲撃を指示する。

 渉外担当者は、他の刑務所にいるファミリー、外の世界にいる者たち、他のギャンググループとの交渉を担当する。やり取りには細心の注意を払い、メッセージがきちんと伝わったかどうか確認の電話を入れ、それにまつわる対応責任も引き受ける。


 レベル2は渉外担当者の下に位置し、外のギャングたちに用件を伝える使い走りで、しばしば刑務所側の目をくらますために白人が使われる。

 レベル3は兵隊であり、ハスラーと呼ばれる。彼らの役目は、刑務所内に持ち込まれたドラッグを回収し、それを収容者たちに直接再分配することである。

 刑務所内でのビジネスを確実にするため、ヌエストラ・ファミリアは看守(Muleと呼ばれる。ラバの意)を利用する。看守は、ドラッグ、商品、メッセージに関し、刑務所の内と外を結ぶ運び屋の役割を果たす。彼らはしばしばファミリーに脅され、こうした役割を果たすはめになる。時には、セックスのために女性を連れて来ることさえある。
 
 こうしたラバたちに加え、外の世界には先述した「狼の群れ」たちもおり、仮出所の際には積極的にファミリーのビジネスの開拓をするよう指示される。「狼の群れ」は、刑務所にいる間に、使う言葉やハンドサイン、服装、銀行強盗のやり方から車の盗み方、住居侵入の仕方にいたるまで様々な訓練を受ける。


ファミリーになるには


 ファミリーのメンバーになるには、チカーノ(アメリカ生まれのメキシコ人)であることに加え、最低2年のテスト期間が必要とされる。その間に、性格、可能性、忠実さといったものがチェックされる。このテストに時間がかかることから、通常は、殺人や強盗といった重罪を犯した者たちしか残れない。

 結果的に、刑務所内のリーダーは、たいていの場合、最も長期刑をつとめている者になるという。

 ただし、前出の元メンバーのコーラーによれば、殺人がファミリーに入るためのテストというわけではないらしい。
 また、いったん刑務所から出て新しい生活を始めたら、必ずしもメンバーであり続ける必要はない。ファミリーの目的は、刑務所内で自分の身を守るということに徹しているようである。

 もちろん、ファミリーを抜け、他のギャングのメンバーになった場合は死で清算されることになる。ファミリーの結束は非常に固く、その結束のシンボルが「赤色」「14」「N」「麦藁帽」「ナタ」「鷲」などである。これは、青色、13Mをシンボルとするメキシカン・マフィアとは対照的だ。

 ヌエストラ・ファミリアは、自分たちの文化を結束の土台にし、刑務所のあり方を隅から隅まで理解した上に成り立っている非常に結束の固い秘密結社と言える。

 かつて、「ブラック・ウィドウ(毒蜘蛛の意)」と呼ばれる、カリフォルニアの刑務所史上最大規模のFBIの殲滅作戦が実施された。FBIだけでなく、刑務所、検察を巻き込み、超党派でおこなわれたにも関わらず、あまり効果はなかった。

 過去、ファミリーの捜査に携わったことがある者たちは、口々に「ヌエストラ・ファミリアは若者たちに非常に巧みに触手を伸ばしているため、撲滅は不可能だ」と言っている。