改正された会社法では、子会社等を含めた内部統制システムの整備を求めています。そのなかには「コーポレートガバナンス体制」「コンプライアンス体制」、そして「リスク管理体制」などがあります。
 リスク管理体制は「損失の危険の管理に関する規程その他の体制」(施行規則100条)が正しい言い方。普通のサラリーマンにはちょっと難しい話ですが、起業家には必須の話です。具体的なリスクについてみていきましょう。

第1節 リスクはすべて開示せよ

 ベンチャービジネスにリスクはつき物です。リスクのないビジネスはリターンもないというのは常識です。ベンチャー投資する人はリスクを覚悟で投資するのであり、リスクを回避できないときは投資した原資は戻ってこないことを理解しています。

 だからこそ、投資家はすべてのリスクを開示してもらうよう起業家に要請するのです。起業家はその要請に応えなければ、投資を実行してもらえないことを、よくよく知らなければなりません。

 ベンチャー企業にとって、開示しないリスクは最大のはずです。リスクの見えない起業家は投資家から見ると危険な存在です。ベンチャー企業経営者として失格と見られかねません。リスクはありませんと言った瞬間に、魅力のないビジネスか、あるいはリスクの見えない暗愚な経営者と思われても仕方ありません。

 私が社外取締役をしているO2マイクロインターナショナルというベンチャー企業は上場会社ですが、アメリカのSECに提出するF-20という資料に20ページにわたってリスクを開示しています。それだけのリスクを承知の上で投資してください、といっているわけです。

 投資家が損をこうむっても、経営者としては損の原因となったリスクが開示してあれば、責任をのがれられるわけです。リスク開示はいわば保険のようなものです。

 とはいっても適正な注意を払って経営を行う義務は残ります。いわゆる善管注意義務です。創業前に見えているリスクは操業とともに変わっていきます。
 
 そして新たなリスクが現れます。リスク開示は新たな資金調達のたびに行うのが普通です。アメリカでは株式を公開した後は年に1度、SECへの報告書に開示するのが一般的ですが、新株を発行するときには別途リスク開示が必要です。
 
 開示したリスクであっても、それを回避できず、財政的なインパクトがあった場合は投資家に対してその旨報告することが必要です。四半期ごとの業績報告が一般化すれば、そこにもリスク開示は不可欠となります。つまり、改めてリスク開示のやり直しです。このように、リスクは常に存在するのです。

第2節 リスクが見えないのはなぜか?

(18)のTL社のように、市場が立ち上がる時期の予測にはリスクがともないます。その予測が外れるリスクはきわめて高いのですが、見えないわけではありません。リスクが見えないのは経営者が見ようとしないからといえます。

 それは投資家から見ると最大のリスクです。リスクが見えなかった、という言い訳は投資家には通用しません。投資家は起業家よりもはるかに経験が豊富で、それらの経験から、見えないリスクはないということを知っています。
 
 つまり、見ようとしなければリスクは見えないのです。その意味ではリスクはたくさん開示するほど投資家の信頼を得られるという逆説が成り立ちます。リスクはありませんから安心して投資してください、といったとたんに信頼されなくなるのです。

 ある旧(ふる)いビジネス上の友人が、私の資金をあてにしてか、「八幡さん、これに1億円投資してくれれば、必ず儲かりますよ」と言いました。

 それ以来、私はその友人とは袂を分かちました。リスクに触れないで儲け話をする人は信用できないことを経験上知っているからです。彼の言葉は友の信頼を失う早道だとしか思えませんが、そのことに彼は気づいていないのです。
 
 リスクが見えないのはリスクが怖いからでもあります。ですが、リスクがないと自分に思い込ませると、そのリスクはなくなるでしょうか?

 もちろんそんなことはありません。リスクがないフリをするのは経営者としてもっとも危険なことです。それは自分で自分を騙しているからです。そのような起業家には投資できません。リスクに敏感な経営者は投資家から信頼してもらえることを理解すべきです。

 さらにリスクを経営チームが共有することはリスク管理にとって重要です。2つの眼で見るよりも4つの眼で見たほうが早く見つけることができるかもしれません。賢い経営者は、リスクはないと安心することなく、先に見つけて経営パートナーの鼻を明かせてやろう、という気概を持つでしょう。

 リスク評価は経験のほかに、事例の勉強などによっても習得が可能です。あらゆるリスクを経験することは不可能ですが、他人の経験を学習することにより、リスクの可能性を知ることができます。社長が勉強するかしないかで、会社の業績は変わる可能性があるのです。

 TL社のジョン・キャスターは大変な勉強家で、自分ではどうにもならなかった市場の立ち上がりのタイミングを、M&Aにより見事に乗り切って災い転じて福となしたのです。それは自分自身だけではなく、ベンチャーキャピタルにも福となったのです。M&Aを即断で実行できたのは、日頃の勉強によって洞察力が養われていたからではないかと思います。

第3節 それでも回避できないリスク

 経営はリスクを見据えることであるといっても過言ではありませんが、それだけでは経営者として失格です。

 成長のための舵取りはリスク管理以上に大切なことだからです。
 的確なリスク評価を行った後は全力で事業達成のために疾走することが経営です。リスク管理はその合間に行うべきです。

 TL社のリスクはどのようにしても回避することはできず、デジタルテレビ普及の立ち上がり曲線が予測の線からずれ始めたときに、リスクは回避できないことがわかりました。そこで手を打たなければ、資金はどんどん減少して倒産の道に入ってしまいます。

 TL社の取締役会は素早くM&Aの道を選びましたが、その時点でTL社にはまだ十分な資金が残っていたのです。リスクを回避できないことが明らかになった時点で、何とかなると何の手も打たず、安閑としている経営者が時に見られますが、善管注意義務違反というべきです。

 その時点で代替案を発動すべきです。代替案を持っていないのは善管注意義務を果たしていないことになります。すべてのリスクに対する代替案を用意することはコスト上できませんが、経営上重要な影響のあるリスクに対して用意しておくのは当然です。

 リスクは避けられないことが80%以上とわかった時点で代替案を発動できる態勢をとるのが賢明です。早すぎると機会損失が起こるので、発動準備の状態でなお回避の努力を続け、回避できないことが明らかとなったら時を移さず代替案を実行するというのがもっとも賢明なやり方です。

第4節 最後まで付きまとうリスク

 V社の例では株式公開への道筋が見える段階に来ています。
 しかし、これから2年間に何が起こるかはまだわかりません。相当のリスクがあると覚悟しています。半導体産業は過去にシリコンサイクルを何度も経験してきました。2年の間には山と谷があるかもしれません。谷のときに株式公開しても時価総額は低くしか評価されないので、山に向かうまで公開を延ばすべきでしょう。

 また、公開の前提である事業計画が達成できないリスクも無視できません。
 その理由は顧客の戦略転換、ハードウェア製造のパートナーの戦略転換、ソフトウェアのバグ発生、ハードウェアの品質・信頼性の問題発生、技術者不足による開発遅れ、半導体業界の変質、経済情勢の急変などなどで、リスクはこれから先いくらでも存在します。

 ゴールが見えても油断すると足をすくわれることになりかねません。創業直後に発生するリスクよりも、事業が進展してから発生するリスクの方が、影響力が大きい可能性が高く、それだけに足をすくわれる危険性は高いので要注意です。

 例えば、顧客から受注したにもかかわらず、製造に問題が発生し、納期に間に合わないという事態は顧客に多大の迷惑をかけ、将来の受注に響きかねません。その影響は売上額の低下、売上げ計画未達成、ひいては株式公開延期ともなるでしょう。

 品質上の問題が出荷後に発生する可能性もあります。
 上場後、内部統制の不徹底から不祥事が発生すると、株価の低下、あるいは上場取り消しなどの処置にもつながりかねません。

 このようなリスクは防ぎようがないのでしょうか。
 創業者がガバナンス意識を持ち、強い倫理観を自ら発揮して社内にそれが徹底されていれば、内部統制は行き届き、不祥事が発生する可能性は少なくなります。

 また、製造が外部委託であったとしても、注文主のガバナンスの高さは外注先にも影響することは間違いありません。発注者がいい加減なガバナンスで注文すれば、外注もいい加減に応じるものです。外注管理を厳しくすれば、品質不良は発生しないはずです。

 受け入れ検査を徹底することも有効な手段といえます。検査結果を外注先にフィードバックすれば、さらに有効でしょう。ファブレス(自分で製造部門を持たず、外部に委託するビジネスモデル)のベンチャーでは委託先を管理するかしないかで、納期や品質が影響される場合があります。
 
 創業者のガバナンスはこのようなところにも影響するものです。前述のO2マイクロインターナショナル社はICの製造は全面的に外部に委託して製造しています。一時は日本の顧客に納入した製品の品質が悪いとクレームが来たこともありますが、品質担当の専門家を採用し、委託先の管理を徹底することで、クレームは大幅に減少しました。

第5節 創業からの「4つのリスク線」



 ここまで成功するためのリスク管理を見てきました。
 しかし、成功はめったにあるものではなく、統計的には100に5つ程度の確率でしか起こりません。残りはこれから述べるようにリスクのどれかを避けられず、結果として資金不足に陥って、「死の谷」を這い回ることになります。

 ベンチャー起業の歴史は累々たる失敗の山とごくまれな成功例といってよいでしょう。

 それではどのような失敗があるのでしょう。
 ここで、第10図の成功へのロードマップを見てみましょう。この図は企業の価値(時価総額)が時間とともに増加する様子を概念的に示したものです。時間の経過にともなって事業の段階が進むことを前提としており、段階に応じた企業価値をおおよその額で示してありますが、これはあくまで目安に過ぎません。
 個々の企業によって、また資本市場の状況によって大幅に変わるものです。

 どの段階にもリスクがあり、それを回避できないと成長が止まったり、最悪の場合は下降線をたどることもしばしばです。

 では、準備段階にはどのようなリスクがあるでしょう?
 創業時点では希望に燃え、IPO(株式公開)という目標に向かって弓に矢をつがえました。

 十分な準備のお陰でコンセプトの開発に成功し、顧客からうまくいったら使ってやろう、という温かい言葉も取り付けましたが、最終的に事業としては成功しないとわかり、細々と食いつないで、別のビジネスモデルに挑戦することになります。
 
 この場合のリスクは、

 ●最初の資金調達後、製造コストと商品価格のバランスがとれず、ビジネスモデルとしては失敗だと判明する
 ●開発はできたが、大量に製造することが難しい

 などがあるでしょう。

(3)のC社の事例で、ポータルサイトが立ち上がり、事業コンセプトの検証はできましたが、書き込み顧客が思ったほど現れず、売上げが伸びずに横ばい状態が続き、ついにはサイトの閉鎖に追い込まれたことが相当します。
 この場合、第10図の一番下のリスク線1に乗ってしまったのです。

 製品化に成功し、時価総額も若干高まって次の資金調達ができた場合のリスクは何があるでしょう?

 ●参加するはずだった経営チームが当て外れとなり、専門知識を持った経営メンバーが得られなくなる
 ●使ってくれると言った顧客が事業不振で、使えないことになった
 ●思わぬ競合が現れ、顧客をさらわれてしまい、事業が伸びなくなる

 現実にはこれらのリスクを避けられない場合のほうが多いのです。

(7)のG工務店の事例は製品化には成功したものの、量産化の段階でビジネスモデル実現にいたら
ず、細々と事業をつなぐ結果となりました。この場合は下から2番目のリスク線2に乗ってしまいました。

 この段階を乗り越え、次の資金調達にも成功した企業が、顧客からのリピート受注を取ることができなかったり、作ってはみたものの、思ったより経費がかかって利益が落ち込んだりする例も珍しくありません。

(18)のV社の事例はこれに当たるといえます。
 経費を節約して黒字を出したのは社長の思い違いで、必要経費を削って黒字を出したため、正常な経営を実現する費用を計上したとたん、利益が出なくなってしまったのです。

 本来赤字経営だった事業を見かけ上黒字にしたといえるでしょう。必要な人員を採用し、管理コストをかけると、その黒字は消えてしまい、結果として下から3番目のリスク線3に入ってしまいました。

 市場は常に変動するので、顧客もそれに対応しなければなりませんから、こちらの思惑どおりに事が運ぶとは限りません。

 大量生産に入ると管理の範囲が拡大し、これまでの態勢ではコスト管理、在庫管理、外注への発注管理、品質管理に手が回らず、結果として顧客満足を得られなくなってしまいます。組織の拡大が管理の悪さを生むケースもあります。

 コーポレートガバナンスが徹底しなくなるのもこの段階です。報告の態勢と扱いを誤ると、必要な情報が経営トップに上がらず、社長が「裸の王様」状態になりかねません。こうなったら一巻の終わりです。ここで次の経営の座右の銘を思い出しましょう。すなわち、

「Good News is No News , No News is Bad News , Bad News is Good News」
 です。

 組織のなかでミスやトラブルが起こったら、いち早く社長の耳に届き、社長はハンズオンで自らその対策に乗り出す、という姿勢をとり続ければ、部下は安心してBad Newsを報告することができ、経営改善の速度を上げられるのです。
 これができない場合、残念ながら4番目のリスク線に乗ってしまうのです。