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クジラの解体
いざ、クジラの解体!


 いまではポルノ小説の大家となった宇能鴻一郎は、1962年、『鯨神』で芥川賞を受賞しています。『鯨神』は、巨大クジラに親族を殺された主人公シャキが、このクジラを殺して恨みを晴らす小説です。

 作品の舞台は「田舎まで明治の元号が知れ渡っていない頃」の「肥前平戸島和田浦」で、シャキはその集落に住む隠れキリシタンです。地名は、捕鯨で有名だった長崎県の生月島と、千葉県の和田浦(南房総市)を合わせた架空のものです。

 生月島は、明治初期まで、日本最大の鯨組「益冨組」が本拠地を構えており、最盛期には3000人の鯨捕りと200隻の船を抱えていました。鯨捕りには隠れキリシタンが多かったとも言われています。
 この島の捕鯨を描いた江戸時代の絵巻『勇魚取絵詞(いさなとりえことば)』(1829年)が残されており、そこには鯨の種類や解体法などが詳細に記録されています。


クジラの解体
国会図書館『勇魚取絵詞』より


 現在、生月島で捕鯨は行われておらず、日本には北海道の網走・函館、宮城の鮎川(石巻市)、和歌山の太地、千葉の和田浦の5つしか捕鯨基地がありません。そして、和田浦では、日本で唯一、クジラの解体が公開されているのです。

 千葉県の沿岸捕鯨は、江戸時代初期の1612年ごろ、今の安房勝山で始まったとされています。まもなく鯨組が発足し、醍醐新兵衛が漁師500人と50隻の船を率いて出漁しました。しかし、徐々にクジラが捕れなくなり、1869年(明治2年)に醍醐組は廃業しています。

 その後、館山や千倉でも捕鯨は行われ、戦後の1948年、和田浦に外房捕鯨が設立されました。食糧難の時代、鯨肉は貴重なたんぱく源として重宝されました。


捕鯨船
外房捕鯨の捕鯨船


 外房捕鯨は、6〜8月は房総半島沖のツチクジラを取り、春は鮎川、秋は釧路でミンククジラを捕まえています(冬は肉や脂の加工)。
 1988年、日本の商業捕鯨は国際捕鯨委員会(IWC)の決定で全面禁止になりましたが、小型のツチクジラは対象外。年間26頭の捕獲が許可されており、また、ミンククジラも「調査捕鯨」の形で認められています(和歌山ではゴンドウクジラもOK)。


捕鯨用の銛
曲がって使えなくなったモリ


 捕鯨船に乗った人の話によると、現在は1隻に5人が乗り、20〜100kmほど沖合でひたすらツチクジラの群れを双眼鏡で探すそうです。クジラの潮吹きによって群れを見つけると、数十メートルまで近づき、モリを打ち込みます。ツチクジラは警戒心が強く、すぐに30分ほど潜ってしまうため、1回外れるとほぼその群れは獲れないんだそうです。


クジラの解体
港に繋留してある2頭のクジラ


 ツチクジラは、捕獲後、18時間ほどおいてから解体します(熟成して柔らかくなる)。小型とはいえ10mほどになり、重さは10トンを超えるので、解体は1時間近くかかります。


クジラの解体
解体開始


 まずは繋留してあったクジラをウインチで解体場に引っ張り、クジラの体長や胴回りを測定。その後、薙刀のような包丁で皮、肉、骨に切り分けます。皮は厚さ15cmほどもあり、ウインチで引きはがすときには、メリメリと音がします。
 内蔵を取り、頭を切り分け、あとはブロック状の赤肉に整形していきます。


クジラの解体
クジラの赤身


 そして、形の整った正肉は1kg2400円、形の崩れたハギ肉は1kg1700円で販売されます。かつては、ツチクジラ1頭で1000万円をはるかに超える収入がありましたが、いまでは400万円程度にしかならないといわれています。


クジラの背骨
残った背骨


 さて、『鯨神』には、クジラの解体場である「鯨納屋」の様子がこう書かれています。

《納屋のなかはすべて鯨油をおしげなく使った燈火であかあかとてらしだされている。手前の左側は竈をきずいて飯焚揚になっていて、若い女が4、5人、たすきがけで汁をもりわけている。
 奥は皮肉の荒切り場で、土間で庖丁をふるって巨大な肉塊にとりくんでいる男たちの汗まみれのすがたがみえ、右側では、世話役たちが仲買人のまえで切りわけた肉塊を大秤(おおばかり)にかけてはザルにうつし、テンビン棒につるして外に運びだしている。
 その奥にながく一列にならび、小太鼓にあわせて庖丁で台をたたいているのは皮と肉との小切り場で、集落の女や老人たちはほとんどここで働いているのである。
 左すみのいちばん奥が大竈のならんだ油釜場で、ここで5、6人の屈強な男たちが汗まみれの裸体を焔にひからせ、薪をついだり、煮えたぎって浮いた脂を大ヒシャクですくっては樽にうつしたりする作業に熱中している。
 太鼓の単調なひびきがあたりを支配し、おびただしい庖丁がそれにつれていっせいに肉と皮と木の台を叩き、その響きは混沌としたおもおもしい音になって納屋をゆるがせる》


鯨の解体場
解体場


 現在、解体はどのように行われているのか。せっかくなので、動画で公開です。内臓、頭部など、グロテスクな部分もありますが、これが「生き物を食べる」という現実なのです。
 なお、映像中に出てくる黄色い棒がモリです。どれだけクジラに食い込んでいるのかにも注目です。






捕鯨の始まり
「鯨油」の経済史/石油で消えた幻のエネルギー


制作:2016年8月21日


<おまけ>
 東日本大震災によって、石巻の捕鯨基地も大きな被害を受けました。ニューヨーク・タイムズは「津波は、日本の捕鯨産業の支柱を倒し、欧米の環境保護団体が失敗してきた妨害を成し遂げた(からよかった)」と報道しました。これに対し、あまりに冷酷だとして日本総領事館が抗議していますが、やはり欧米人からは、捕鯨は理解されないんでしょうね。

セミクジラの骨格
体長17mのセミクジラの骨格標本(東京海洋大学)

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