子供の社会科見学
国会議事堂へ行く

国会議事堂
正面玄関から見上げた車寄せ上部の彫刻



 社会科見学の定番である国会議事堂ですが、実は普段の見学コースはかなり限られた場所しか入ることができません。
 ところが2007年5月19日と20日、「参議院開設60年特別参観」が実施されました。特別というだけあって、普段は閉じられている中央玄関など様々な場所を見学できました。
 ちなみにこの中央玄関ですが、天皇陛下を迎えるときと、議員の初登院のとき、そして外国の元首を迎えるとき以外は使われることがありません。

 で、以下、見学記を書いてもいいんですが、別に俺の感想を書いてもしょうがないので、今回はある子供たちの訪問記を転載しておきます。
 いまから50年以上前の昭和25年(1950)冬、雑誌『少年朝日』に、世田谷区代沢小学校6年生の国会訪問記が掲載されました(掲載号は昭和26年1月号)。
 一行は幣原喜重郎衆院議長に挨拶したあと、事務総長の案内で院内を見学しています。
 記事は事務総長と生徒の対談で進行しています。戦争が終わって5年。まだ日本が独立していない頃の「戦後民主主義教育」第一期生が見た国会議事堂です。

幣原喜重郎
幣原議長と会うお友達


国会議事堂参議院
中央広間から見上げる


 どうでしたか議事堂は?

 あんまりきれいなので、びっくりしました。議事堂はいつできたんですか?

 昭和11年(注、1936年)です。大正7年に予算が決まり、9年に工事をはじめました。大正7年から数えて19年間かかったわけですね。総工費はそのころのお金で2580万円、のべ254万3000人というたくさんの人が仕事にたずさわりました。
 世界でもっとも新しく、各国の議事堂のよいところをとってつくられましたから設備の点では、おそらく世界一でしょうね。

 議事堂のなかにしいてあるジュウタンの長さは4キロ以上もあるそうですね。

 そうです。ジュウタンには外国人もおどろいています。何しろ20年以上しいたままですが、まだまだりっぱですからね。それだけにジュウタンを作った博多(福岡県)や桐生(群馬県)などの織物業がこのために非常に進歩したといわれています。


国会議事堂参議院 国会議事堂参議院中庭
中央階段と中庭



 陛下がお休みになる便殿(べんでん)や中央の広間なんか、本当に美しいと思いました。

 便殿は宮中の鳳凰の間と同じにつくられています。中央広間は大理石がきれいだったでしょう。あそこの壁画は、日本アルプスの四季をかいたものです。

国会議事堂参議院便殿 国会議事堂参議院壁画
便殿(現在は御休所と呼んでいます)。壁画の冬と春


 部屋はいくつあるのですか。

 390室です。議事堂をつくるにはぜんぶ日本品を使ったんですが、たった2つだけ外国にあつらえました。
 ひとつは部屋のカギです。このカギは部屋ごとにみんな違っていますから390種あるわけです。
 しかし、それでは火事のときなど、すぐ間にあいませんから、マスター・キーといって、それさえあればどの部屋も開けることができるカギがあるんです。そういうカギは日本ではつくれなかったのです。

 それから鏡です。便殿や議長室には鏡がありますが、そのころの日本の板ガラスでは顔がでこぼこにうつってしまうので外国品をつかいました。
 こんなわけでずいぶんぜいたく品は使いましたが、そのため日本の工業がどれほど進歩したかわかりません。
 とにかく大理石だけでも37種、木材もヒノキからチークまで24種も使っています。

国会議事堂参議院 参議院大臣室
ずっと向こうまで部屋が続いています。右は大臣室


 シャンデリアなんか、とてもすばらしいと思います。

 いまはもっとふえていますが、議事堂ができたとき電球は約8000個でした。この電力が1500KW。ふつう5人家族でつかう電力は300Wといわれますから、議事堂だけで2万5000人の町で使う電力と同じになりますね。
 ですから地下室なんかこの配線やチューブ(管)でまるで大工場のようですよ。
 いまは石炭不足のためやっていませんが、冬の暖房装置や夏の冷房設備などにつかうチューブだけでも長さ280キロになります。これは東京から静岡県の浜松までの距離です。


参議院議場
これが参議院議場。天井のステンドグラスがすごいですな


玉座 玉座
左が議場後部にある玉座。右は開会式で天皇が座る玉座

●国会議事堂の歴史はこちら


制作:2007年6月18日

<おまけ>
投票は押しボタン
現在、投票は押しボタンで行われています。これだけってすごくない?

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