日本人が初めて見たあこがれの世界
アメリカ博覧会
アメリカ博覧会

アメリカ博覧会のテーマ塔
(1950年3月18日〜6月11日)
敗戦を迎えた普通の日本人にとって、アメリカは豊かさの象徴でした。誰もがアメリカ兵にすりより、チョコや煙草やガムを恵んでもらいました。その卑屈さは、たとえばこんな感じ。
《私たちの傍に、行員風の青年が二人いたが、
「黒ン坊の奴……」
侮蔑的な語調だった。そして、膝の上に不作法にのせた片足のくるぶしをいわば威嚇的に示威的に叩いて、
「英語ナンテ俺は知らねえや。一つ知っている。シガレット……」(中略)
一人が席から立ち上った。黒人兵の前へ行く。
「……?」
煙草を貰っているのだった。手の先に白い煙草を捧げてピョコンと頭を下げている。その卑屈な笑い顔は、正視しがたいものだった》(高見順『敗戦日記』昭和20年11月6日)
戦後、日本は驚異的な経済成長を果たしましたが、そこには明らかに「アメリカみたいに豊かになりたい」という強い思いがあったのは確かです。
その思いの原点といえるのが、戦後5年たった昭和25年、兵庫県西宮で開催された「アメリカ博覧会」です。会場には豊かで幸せに満ちた“憧れのアメリカ”が多数展示されていました。
主催の朝日新聞による「開催の主旨」には、
《真に民主文化国家を再建し、国際社会の一環として、今後の世界に処し て行くためには、国民はまず外国の諸事情に精通しきびしい反省を遂げ各国の優れたものを栄養として摂取し、文化の向上と産業の復興につとめ、かがやかしき平和愛好国として進出の素地を養わねばならぬ。(中略)
アメリカが1776年の独立宣言以来、わずかに170年余にして築きあげた今日のデモクラシーとプロスペリティ、その真因がどこにあるかをよく検討して新日本建設に挺身する人々の参考としたい》
とありました。
日本が戦後の混乱期を抜け出し、自信を持ち始めたころに開催されたこともあり、この博覧会は大人気となりました。当初予定の期日を11日延長し、来場者は200万人を数えました。

漫画案内より
現在の日本人にとって原風景ともいえるこの博覧会に、さぁ、あなたも入場してみよう!

(左)アメリカの歴史を紹介した「ホワイトハウス」(間口32m、奥行14m)。内部にはペリーやハリスの遺品や業績が展示
(右)野外劇場では「アメリカン・ホリデーズ」という舞台が上演され、メイフラワー号からクリスマスまで歌と踊りで紹介

第2会場にはサンフランシスコからアラスカまで「アメリカ一周大パノラマ」が。左がニューヨーク、右が鋼鉄都市ピッツバーグ

注目された2階建て洋風家屋「ブロンディの家」 。ブロンディというのは朝日新聞に連載されたチック・ヤングの人気漫画
(ブロンディは漫画自体の著作権は消滅していませんが、正当な引用と判断し掲載しました)

東芝の国産テレビの横にはアメリカの大きなテレビが展示。右はコカ・コーラの製造実演
「クラブ・ゴールドラッシュ」にはスロットマシン、ピンボールが。右は日本唯一のジュークボックス
この風景から18年後の1968年、日本は世界第2位の経済大国になり、60年後の2010年、中国に抜かれ、第3位に転落するのでした。
更新:2011年1月6日
<おまけ>
敗戦後、進駐軍は多数の商業施設を接収し、アメリカ兵向けの売店としました。この売店をPX(post exchange)といい、銀座の松屋や和光などは「TOKYO PX」となっていました。その憧れか、アメリカ博覧会ではPX日用品即売場が大人気となりました。
でも売ってるのは、缶詰?

アメリカ博覧会のお土産ショップ
