ミャンマー大観光
ゴールデン・トライアングルを縦断!

ゴールデン・トライアングル
THE CITY OF GOLDEN TRIANGLE



 毎年アメリカ政府は、「世界の麻薬取引の支配者」という10数人のリストを発表してるんですが、その筆頭格が「麻薬王クン・サ」という人物です。
 クン・サは、ミャンマーのいわゆるゴールデン・トライアングルで大規模なケシ栽培を行っており、儲けた金で民兵まで組織してる犯罪者中の犯罪者。この人物に会いたい! と思ったわけではないけれど、その昔、俺はゴールデン・トライアングルに潜入したことがあるんだな。
 
 あれは1993年の2月だったか、まさにケシの収穫が終わったころのことでした。長年の鎖国政策を方針転換し、ちょうどタイとの国境が開いた直後、俺はミャンマーに入国しました。

ゴールデン・トライアングル
これが国境
 

 タイ側メーサイから橋を渡ると、ミャンマー側タチレクに到着。「俺は日本人で何人目?」と聞くと、「日本人はまだ少ないよ」という返事。たしかに入国記録を見ると、日本人は数えるほどでした。
 で、タチレクでウロウロしてると、車をチャーターしてるタイ人のグループを発見。話を聞いてみると、タイの旅行会社のスタッフで、ミャンマー・ツアーの下見で来たと。
 
「これから、ゴールデン・トライアングルに行くんだ」
「え! じゃ、俺も連れてって!」

 即座に頼むと、あっさりOKしてくれるではありませんか。こいつはラッキー!
 しかし、実は外国人は国境の橋から日帰り&半径5kmの移動のみ許されていました。つまり、ゴールデン・トライアングルに入るわけにはいかないのです。
 が、こんなチャンスなかなかないだろうと、国境のオヤジに相談すると、「タイ人と一緒ならいいよ」と許可が下りるではありませんか! 
 今から考えると、これって普通はあり得ない話なんだけど、ミャンマーが欲しいのは国境の通行税だけなので、日帰り&5kmというのはどうやら建前だけだったようです(ちなみに現在はその規制も撤廃されてます)。
 

 というわけで、俺はゴールデン・トライアングル縦断の旅に出た! 目的地は国境から160kmの古都チェントン(チャイントン)。当時は道路もまったく整備されておらず、トヨタのランド・クルーザーで5〜6時間もかかった記憶があります。
 意外なことに、道の両側にはジャングルが広がっているのかと思ったら、荒涼として赤茶けた風景が続いていました。ちょっとスピードを出すと、赤褐色の砂が視界を覆って大変でした。今は高速道路もできたようで、そんなことはないと思いますけどね。
 
 で、この褐色の大地の写真を公開したいんだけど、実は、この当時、まだ学生だった俺は、「写真なんて撮ったら、本当の景色が見えなくなるぜ」なんてバカな考えを持っていたため、ミャンマーの写真は1枚もありません。今考えると、ホント惜しいことしたよなー(超残念)。
 
 しょうがないので、以下、ミャンマーでゲットしてきた漫画からイメージを引用しておきましょう。ほとんど意味不明な構成ですが。

ミャンマー
もちろん、ジャングルもいっぱい
 

 チェントンへの道中では、休憩所もほとんどなく、けっこう寂しい思いをしました。途中ようやく見つけた食堂で、俺はミャンマーの国産ビールをゲット。「マンダレー・ビール」というのですが、あまりのまずさに当時でさえほとんど売ってなかった代物です(ミャンマー人もハイネケンとか好きなのよ)。あとは、かっぱえびせんの偽物とかね。これも、けっこうまずかった覚えがありますが。
 オレ的にはミャンマーの女の子はブスばかりという印象だったんですが、ここの店番の女の子は超かわいかった! 聞いてみると中国系だそうで、こんな山奥まで進出してる中国人恐るべし、と思ったんだな。


ミャンマー美人
これがミャンマー美人


 チェントンでは高級ホテルに泊まったんだけど、ミャンマーダンスとディスコくらいしか覚えてません。ミャンマー人、どうもディスコ大好きらしい。
 このあたりの記憶がどうにも薄いのは、あんまり俺が外出しなかったからです。というのも、宿から1歩出ると、どうも俺を尾行してる男がいるんです。俺もきちんと確認できなかったんですが、ここまで来た外国人は珍しかったらしく(タイ人は別)、警察だか軍関係者だかが、様子見してるようでした。これが俺の尾行初体験ですが、あくまで形式上は「不法滞在」ですからね、表だって外出できなかったというわけなのです。
 不法ついでに言うと、俺は国境まで戻る間、四駆を運転させて貰いました。国際免許なんて持ってなかったので、これももちろん違法。あとはアヘンでも吸ったら、不法3兄弟なわけですが、麻薬ネタは口に出すのもタブーだったので、ついに触れられずじまい。ケシもまったく確認できませんでした。まぁ、アヘン吸うとやばいので、「若気の至り」をしなかったのは賢明でしたが。
 

 さて、あんまり旅行記を続けても意味がないので、冒頭で触れた「麻薬王クン・サ」に話を戻しましょう。
 クン・サ率いる民兵組織ムアン・タイ軍(MTA)は、ミャンマー政府軍と40年以上も戦闘を続けていました。特に1994年には過去最大規模の戦闘を国境付近で繰り広げ、多くの政府軍拠点を奪取しています。ちなみにこのときはタチレクも包囲され、当然、国境も封鎖されました。

ゴールデン・トライアングル
俺が政府軍たたきつぶしてやる!


 ところが、1996年にクン・サは麻薬利権の維持を条件に政府に投降します。本人は首都ヤンゴンの施設に収容されましたが、今は次男のチャン・ウェイ・カンが麻薬取引の主役だそうです。
 麻薬王が投降すると、今度は少数民族ワ族を中心とした「ワ州連合軍」(UWSA)などが麻薬利権を確保、国境付近の混乱は増していきます。
 新聞なんかはすぐ、「ミャンマーは軍事政権だからダメだ」とか書きますが、こうした混乱がある以上、まともな政府の樹立は難しいんでしょう。そもそも政府自体が麻薬利権を握ってるわけで、この国の民主化はまだまだ遠い話ですな。
 
 さて、世界にその名をとどろかした「麻薬王クン・サ」は、2004年6月、ヤンゴンの病院で亡くなりました。享年70歳。最後まで出生の秘密は明かされなかったということです。

ゴールデン・トライアングル
これが麻薬王(イラストはイメージです)


制作:2004年10月22日

<おまけ>
 ミャンマーは、1989年に、旧国名ビルマを変更しました。僕が入国した当時は、まだビルマの通貨を利用していました。国境では強制両替があったため、俺は大量のビルマ紙幣を所有しています。これがそれだ。

ミャンマー紙幣
90チャット紙幣

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