熊本県を流れる日本3大急流のひとつ球磨川。1966年、この川の支流・川辺川にダムを建設することが決定しました。ダムは現在も着工されておらず、建設の是非をめぐって大きな議論を呼んでいます。
作家・司馬遼太郎は、「街道をゆく」でこのあたりの地形をこう書いています。
《流れゆくその両岸の山がみな急斜面をなし、このため山が雨水をスポンジのように貯えておくという堪(こら)え性がない。山に降った雨水はいきなり斜面を走る。鉄砲水のようにして球磨川に落ちこんで、水かさをみるみるふやすのである》
実際、球磨川では過去400年間に100回以上の洪水が起きているそうです(国土交通省資料より)。
それでも、ダム建設が正しいのかどうかは、よくわかりません。
環境悪化、アユ漁の衰退などさまざまな問題もあります。球磨川にはすでにいくつかダムがありますが、《ダムができてからのほうが荒れぐあいが物凄い》という司馬遼太郎の記述も気になります。
そして、何よりダムの完成で、五木の子守唄で知られる五木村が完全に水没してしまうことが問題でしょう。
すでに国は球磨川漁業権の収用裁決を申請するなど、強権発動の姿勢を見せています。
きっとこのままでは、例によってまともな環境アセスメントもないまま、ダム建設は強行されるでしょう。
というわけで、五木村・最後の姿を見に行きました!
水没する五木村全景と五木東小学校
※五木東小学校は1938年に建てられた木造建築で、水没予定地のため、改築も新築も見送られてきました。ダム問題に翻弄されて、村の小学生は体育館さえないオンボロ校舎に通い続けたのでした。
ちなみに五木の子守唄は、たとえばこんな感じ。
おどま盆ぎり盆ぎり 盆から先きゃおらんと
盆が早よう来りゃ 早よもどる
おどまいやいや 泣く子の守にゃ
泣くといわれて 憎まれる
ねんねいっぺんゆうて 眠らぬ奴は
頭叩いて 尻ねずむ