自衛隊の成立について
90(年)式戦車と攻撃ヘリコプターAH-1S
(朝霞駐屯地の陸上自衛隊広報センターにて)
1950年(昭和25年)6月25日、突如、北朝鮮軍が韓国に侵攻、朝鮮戦争が勃発します。日本占領中のアメリカ軍8万人が朝鮮半島に出動、この結果、日本の警備&防衛力の増強が急務となりました。
そこで7月8日、GHQは警察予備隊の設立と海上保安庁の8千人増員を指示します。
8月10日、警察予備隊令公布(即日施行)。第1条によれば、警察予備隊の目的は、
《わが国の平和と秩序を維持し、公共の福祉を保障するのに必要な限度内で、国家地方警察及び自治体警察の警察力を補う》
とされました。ここに7万5千人の警察予備隊が成立、これが自衛隊のはじまりです。
ちなみに、なんでこんなに再軍備がスムーズにいったかというと、この年の元旦には、すでにマッカーサーが日本の自衛権を承認しているんですね。
《この憲法の規定はたとえどのような理屈をならべようとも、相手側から仕掛けてきた攻撃にたいする自己防衛の冒しがたい権利を全然否定したものとは絶対に解釈できない》
(「年頭の辞」)
また、この年、朝日新聞が行った世論調査では、53.8%が予備隊ではなく本格的な軍隊の方がいいと回答しています。
で、翌年の1951年、日本はサンフランシスコ条約でアメリカやイギリスと講和、同時に日米安全保障条約を結び、完全にアメリカ陣営に組み込まれます。
1952年4月、海上保安庁から海上警備隊独立。NHKスペシャル『海上自衛隊はこうして生まれた』によれば、旧海軍が中心となった「Y委員会」が主導権を握って海上警備隊を作ったそうです。
1952年8月、保安庁新設。警察予備隊は保安隊に、海上警備隊は警備隊として保安庁に所属しました。保安隊の目的は
《わが国の平和と秩序を維持し、人命、財産を保護するため特別の必要がある場合に行動する》
となっています。
ちなみに、当時の政府は「保安隊は弱体だから軍隊にあたらず、憲法9条に矛盾しない」との見解を出しています。
で、1954年には日米相互防衛援助協定が締結、政府はいっそうの軍事的義務を負い、ついに自衛隊法成立、ここに陸・海・空の自衛隊ができたというわけです。
《自衛隊は、わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当るものとする》(自衛隊法第3条)
政府見解も、「自衛のための必要最低限の自衛力は、戦力にあたらない」というものに変わりました。
こうして、自衛隊は憲法との矛盾を抱えたまま、今日に至るのでした。
更新:2002年8月26日
※手元にある警察予備隊の写真は著作権が存続してるので掲載を見合わせました。ま、写真自体には著作権がないので、気が向いたら掲載するかもね!