狂牛病には負けないゾ、と。
文明開化「食肉」事始め


開化鍋(別名“あぐら鍋”)

 『週刊文春』が報じた「日本で初めての狂牛病患者が!」の記事にはびっくり。さすがにしばらくは牛肉食いたくないよねー。というわけで、ちょっと気が向いたので、調べてみました、日本食肉史。


 まず前提として触れておくと、我が国では基本的には明治時代まで肉食は禁止でした。

 卑弥呼の時代(3世紀)に書かれた『魏志倭人伝』には、《死停喪十餘日當時不食肉》と「日本人は喪中には肉を食べない」とあります。逆に言えば、普段は当然のように食べてたわけですね。

 で、天武4年(675)4月1日、天武天皇が日本で初めての肉食禁止令を出します。『日本書紀』の原文では、
《且莫食(=食うなかれ)牛馬犬猿鶏之宍(=肉)、以外不在禁令(=それ以外はいいが)、若有犯者罪之(=犯せば罪となる)》
 といった感じ。仏教の教えのためといいますが、本当の目的は“稲作国家体制”を確立するためでした。

 いずれにせよ、以後、およそ1200年間、日本では原則として肉食禁止だったわけです(もちろん薬と称して実際は食べたりしてましたが)。

 時は下って明治4年(1871)12月、西洋化を進める明治政府は肉食を解禁します。まずは天皇が率先して肉を食べることになります。
《内膳司に令して牛羊の肉は平常之れを供進せしめ、豕(豚)・鹿・猪・兎の肉は時々少量を御膳に上せしむ》(『明治天皇記』)

 同時に、当時の文化人であった福沢諭吉や仮名垣魯文が肉食を奨励していきます。
《士農工商老若男女、腎愚貧福おしなべて、鍋食はねば開化不進奴》(仮名垣魯文『安愚楽(あぐら)鍋』・明治4年)
 こうして、庶民の間にも肉食は、徐々にですが確実に浸透していくのでした。

 ちなみに当時、肉は味噌煮で食べるのが普通だったようです。八百屋八兵衛の「牧牛論」(『魯文珍報』明治11年2月18日号所載)によれば  
《葱を五分切りにして、まづ味噌を投じ、鉄鍋ジヤジヤ、肉片はなはだ薄く、少しく山椒を投ずれば、臭気を消すに足るといへども、炉火を盛んにすれ ば、焼きつけの憂ひを免れず。そこで大あぐらで、一杯傾けるから、姉さん、酌を頼みますと、半熟の肉片、未だ少しく赤みを帯びたるところ、五分切りの白 葱、全く辛味を失はざる時、何人にても、一度箸を入るれば、鳴呼、美なる哉、牛肉の味はひと、叫ばざるもの殆ど希れなり矣》

 そして明治10年11月8日付の『朝野新聞』では、当時、東京府内に全部で558もの肉屋があったと報じています。う〜ん、解禁後たった5年でこの人気ぶり。日本人の食のパワーには、改めて驚くのでした。


 ここまで読むと、やっぱ肉食おうって思うでしょ??

制作:2001年10月30日