占領軍の統治政策
GHQの「検閲」について

GHQの出版許可印
独占入手! これがGHQの出版許可印だ!


 井上ひさしの『東京セブンローズ』にこんな場面があります。

《「何日の新聞でもいいが、たとへば十二月十五日の朝日の第一面、ほら、ここ。一段二十行が真っ白だ。どうしてこんなことになつたと思ひます?」
「検閲でせう」
「その通り。GHQの民間検閲支隊の神経に引つ掛かるやうな記事が載つてゐたんでせうな」》(原文は旧字)


 昭和20年8月15日、日本は敗戦を迎えました。その後、GHQは日本を“民主的な国”にするべく、さまざまな統治政策を行います。

 でだ、占領政策で非常に重要な役割を担っていたのが、民間検閲支隊(CCD=Civil Censorship Detachment)による徹底的な検閲です。

 その根拠とされたのが、「日本放送遵則」(最高司令官指令=SCAPIN-43/9月22日付)と「日本新聞遵則」(SCAPIN-33/9月21日付)。
 まずは「日本新聞遵則」の全文を公開しときます(江藤淳『閉された言語空間』による)。


Press Code for Japan「日本新聞遵則/日本出版法」

趣旨
 聯合国最高司令官は日本に言論の自由を確立せんが為茲(ここ)に日本出版法を発布す。本出版法は言論を拘束するものに非ず寧ろ日本の諸刊行物に対し言論の自由に関し其の責任と意義とを育成せんとするを目的とす。特に報道の真実と宣伝の除去とを以て其の趣旨とす。本出版法は啻(ただ)に日本に於ける凡(あら)ゆる新聞の報道論説及び広告のみならず、その他諸般の刊行物にも亦(また)之を適用す。

1、報道は厳に真実に即するを旨とすべし。
2、直接又は間接に公安を害するが如きものは之を掲載すべからず。
3、聯合国に関し虚偽的又は破壊的批評を加ふべからず。
4、聯合国進駐軍に関し破壊的批評を為し又は軍に対し不信又は憤激を招来するが如き記事は一切之を掲載すべからず。
5、聯合軍軍隊の動向に関し、公式に記事解禁とならざる限り之を掲載し又は論議すべからず。
6、報道記事は事実に即して之を掲載し、何等筆者の意見を加ふべからず。
7、報道記事は宣伝の目的を以て之に色彩を施すべからず。
8、宣伝を強化拡大せんが為に報道記事中の些末的事項を強調すべからず。
9、報道記事は関係事項又は細目の省略に依つて之ヲ歪曲すべからず。
10、新聞の編輯に当り、何等かの宣伝方針を確立し、若しくは発展せしめんが為の目的を以て記事を不当に顕著ならしむべからず。

1945年9月21日

米国太平洋陸軍総司令部民事検閲部


 具体的な検閲内容は、占領軍の検閲指針として以下の30項目があげられています(昭和21年11月25日付)。

(1)SCAP−−連合国最高司令官(司令部)に対する批判
(2)極東軍事裁判(東京裁判)批判
(3)SCAPが日本国憲法を起草したことに対する批判
(4)検閲制度への言及
(5)合衆国に対する批判
(6)ロシアに対する批判
(7)英国に対する批判
(8)朝鮮人に対する批判
(9)中国に対する批判
(10)他の連合国に対する批判
(11)連合国一般に対する批判
(12)満州における日本人取り扱いについての批判
(13)連合国の戦前の政策に対する批判
(14)第三次世界大戦への言及
(15)ソ連対西側諸国の「冷戦」に関する言及
(16)戦争擁護の宣伝
(17)神国日本の宣伝
(18)軍国主義の宣伝
(19)ナショナリズムの宣伝
(20)大東亜共栄圏の宣伝
(21)その他の宣伝
(22)戦争犯罪人の正当化および擁護
(23)占領軍兵士と日本女性との交渉
(24)闇市の状況
(25)占領軍軍隊に対する批判
(26)飢餓の誇張
(27)暴力と不穏の行動の煽動
(28)虚偽の報道
(29)SCAPまたは地方軍政部に対する不適切な言及
(30)解禁されていない報道の公表

 要は、なんでもありですな。これが「言論の自由」を掲げるアメリカの占領政策の実態でした。
 で、とりあえず検閲に合格すると、こんな書類が来るわけ。

「非公式の」出版許可証
「非公式の」出版許可証

《宛名:
 出版物検閲に関する非公式覚書
1、貴紙は事前検閲を通過しましたから、印刷し配布して宜しい。貴紙原稿を返送致します。検閲官の証印を押捺してありますが、貴下が出版することを得る保証となるものであります。
2、出来上りの新聞2部を当事務所に提出されたし。
3、今後発行毎に2部宛を、事後検閲のために、提出して下さい。法規違反の場合にだけその旨通知します。事後検閲の場合は、提出と同時に配布販売をして差支へありません。(以下略)》

 民主国家アメリカにとって、検閲は決して公にすることができない部分でした。だからこそ、「非公式覚書」となるわけです。まさに嘘つき民主主義(笑)ですな。

 で、問題はここから。結局のところ、マスコミの人間は検閲を通すため、次第に自己検閲を始めるわけです。冒頭のような白紙記事は減り、GHQの怒りに触れないような記事ばかり増えていく。このように日本のマスコミは、最初からタブーを抱えていたわけです。
 そしてその構造は、今に至るまで、ずっと続いています。言葉狩りやら自己規制やら、日本のメディアをしばるタブーの嵐。

 それにしてもアメリカの戦略というのは、すごいなぁ、と素直に感心してしまいます。日本もこれくらいの国家戦略を持って欲しいものです、ホントに。

<関連ページ>戦前の検閲の歴史
制作:2003年1月26日

<おまけ>「日本新聞遵則/日本出版法」の原文をあげときましょう。

THIS IS PRESS CODE FOR JAPAN:
 
1.News must adhere strictly to the truth.
2.Nothing should be printed which might, directly or by indirectly,disturb the public tranquility.
3.There shall be no false or destructive criticism of the Allied Powers.
4.There shall be no destructive criticism of the Allied Forces of Occupation and nothing which might invite mistrust or resentment of those troops.
5.There shall be no mention or discussion of Allied troops movements unless such movements have been officially released.
6.News stories must be factually written and completely devoid of editorial opinion.
7.News stories shall not be colored to conform with any propaganda line.
8.Minor details of a news story must not be over-emphasized to stress or develop any propaganda line.
9.No news story shall be distorted by the omission of pertinent facts or details.
10.In the make-up of the newspaper no news story shall be given undue prominence for the purpose of establishing or devoloping any propaganda line.

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