われら科学の子
リニアモーターカー・超高速鉄道の夢

 世界初の浮上式リニアモーターカーの実用線は、2002年12月31日に上海で開通しました。空港から市内までの30キロを8分ほどで結んでいます。最高スピードは時速430キロで、この速度が20秒ほど体験できるそうです。
 上海リニアはドイツが技術供与しましたが、実は世界でリニアを研究してるのは、日本とドイツ(と中国)だけ。日本では2005年の愛知万博でリニア線が実現しますが、残念ながら日本の研究開発は停滞気味です。
 そこで、今回は日本のリニア技術史を公開しておきましょう。

 リニアモーターカー
 愛知リニアの実験線(名鉄大江駅、すでに廃線) 

 日本でリニアモーターカーの研究が始まったのは1962年です。当時の国鉄が開発を始め、10年後の1972年、浮上走行に成功しました。その2年後、今度は日本航空が浮上実験に成功、以後、日本では2つのリニアが同時に開発されていきました。

 ドイツ方式(トランスラピッド)と日航方式(HSST)は、常伝導磁石を使っているため、最高速度は時速450キロ程度、地上から1cmしか浮上しないため、小石が落ちただけでトラブルにつながってしまいます。
 一方、JR方式(マグレブ)は超伝導を使うため、10cmほど浮上したうえ、理論的にはいくらでも加速することができます。ただし当然のことながら予算のほうも“加速”しまくりなわけですが。
 
 結局のところ、HSSTが実用化では先行しています。とりあえず、開発史を年表風にまとめておくと、
  
1974年4月   浮上テストに成功
1978年2月   HSST-01 無人走行で307.8キロ達成
1978年5月   HSST-02 公開試乗開始(川崎市東扇島で)
1985年3−9月  HSST-03 科学万博(つくば市)で展示走行 61万人
1986年4−10月 HSST-03 交通博(バンクーバー市)で展示走行 47万人
1987年3−5月  HSST-03 葵博(岡崎市)で展示走行 9万人
1988年3−5月  HSST-04 埼玉博(熊谷市)で展示走行 24万人
1989年3−10月 HSST-05 横浜博で初の営業運転 126万人


 このように、科学万博以降、博覧会を中心にデモンストレーションを行ってきました。
 僕は、実は、科学万博でこのリニアに試乗しています。ずいぶん行列したあとに乗ったHSSTはずいぶん狭くて、あんまり電車っぽくなかったのを覚えています。浮上するときは「ボワン」といった感じで、なんだか不思議な気分でした。試乗自体はあっという間に終わってしまったのですが、あの万博でほとんど唯一記憶に残ってるイベントであります。
 
 さて、その後HSSTは、中部HSST開発が中心となってHSST-100S(1991年5月)、HSST-100L(1995年5月)と順調に走行実験を行っていきました。
 ところが、2000年7月、メインの日本航空が撤退を発表してしまいます。ここで開発自体が危ぶまれたわけですが、2005年の愛知万博で実用化することを思えば、まさに長い道のりをたどってきたことがわかりますな。

 このように博覧会とともに成長して頑張ってきたHSSTですが、僕が試乗したHSST-03は今どうなっているのか?
 実は愛知県の岡崎南公園に展示してあるんだな。そこでさっそく見に行ってきたよ!


リニアモーターカー リニアモーターカー
誰も近づかないHSST。公園にはリニア滑り台もあった!


 HSSTは金網の中でひっそり眠っていましたが、中にも入れず、寂しい限り。全体に薄汚れ、窓は傷だらけで車内はほとんどうかがえません。車体からはJALの鶴のマークが消し去られていて、これがまた哀愁を感じさせてくれます。なんだかオレの青春まで薄汚れてくるようだよ。
 悔しいので、次に超高速JR方式を見てみましょう。
 なにせ、愛知万博でリニアが実用化したと言っても、たかだか時速100キロ程度。こんなスピードでは別にありがたみもないですからね。やっぱり本命は超高速のJR方式。実現すれば、東京ー大阪1時間ですからね! いちおう、こちらも開発史を年表風にあげておきます。
 
1962年    リニアモーターカーの研究開始
1972年    ML100 超電導磁気浮上走行成功
1973年11月 中央新幹線を全国新幹線鉄道整備法に基づく基本計画路線に決定
1977年7月  宮崎実験線で走行実験開始
1979年12月 無人走行で世界最高速517キロ達成
1987年2月  MLU001 有人走行で400キロを達成
1997年4月  MLX01 山梨実験線で走行試験開始
1997年12月 無人走行で550キロ達成
2003年12月 有人走行で世界記録581キロを達成


リニアモーターカー
ML100の模型(名古屋「リニア・鉄道館」)
リニアモーターカー
不格好なML500R(1979年)
リニアモーターカー山梨実験線
MLU001(1980年走行開始)

 余談ながら宮崎実験線にも僕は行ったことがありますが、広大な場所にぽつんと線路があって、わびさびの世界でした。このときはリニアを見ることができず、寂しい思いをしたのですな。なお、実験線が山梨に移ってからは、東北大学のエアロトレイン(翼付きの高速鉄道)の実験を行ってるそうです。

リニアモーターカー山梨実験線
リニア山梨実験線

 さて。
 JR方式は、現在のところ、はなばなしい世界記録を保持してるわけですが、中央リニア新幹線の実現可能性はどうなんでしょうか? 技術的には既に問題ないようですが、実はまったくもって予算が付かないようです。
 それはなぜか? リニアを《へたりこんだ日本経済を救う一大起爆剤》と考えている立花隆センセイが、技術者たちに取材しています。その答えは、ホントがっかりするものでした。
 
《「でも、これが国家プロジェクトになることは当分なさそうなんです。自民党の交通部会の先生方が、凍結状態にある整備新幹線を全部完成させるまでは、中央新幹線などビタ一文たりとも予算をつけさせないと頑張ってますから」》(『文藝春秋』2004年1月臨時増刊『ON BUSINESS』)
 
 結局のところ、国の予算は政治家の利権確保に使われておしまい……というわかりやすーい構図なのでした。
 その後、JR東海が自腹で運行させることが決まり、リニア中央新幹線は2014年度着工、東京〜名古屋2027年開業、東京〜大阪の全線開業は2045年の予定です。
 そんなわけで、リニアが「夢」だったころの画像を公開しておきましょう。なんと、リニアは戦後すぐのころ、子供たちに未来という壮大な夢を与えていたんですね。

動く実験室のリニアモーターカー
《こんな高速磁力列車をみなさんがおとなになってから、ぜひ発明してください》
(「動く実験室」1947年3月号)

制作:2004年5月31日

電車を動かす電気について

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