リニアモーターカー開発史
超高速「浮上式」鉄道の夢

リニアモーターカーML500
リニアモーターカーML500(宮崎実験線)


 品川区北品川の線路沿いに、巨大な穴が空いています。「リニア中央新幹線」の工事現場で、ここから長大なトンネルを掘っていくのです。この場所は、開業後は地下の変電施設になる予定です。

 リニアモーターカーのリニアとは、「直線の」という意味です。本来、モーターは回転運動をしますが、直線運動するモーターをリニアモーターというのです。まぁ、一般にはリニアモーターカーを「浮上式」ととらえる人が多いので、以下、浮上式鉄道の開発史をまとめます。

リニア中央新幹線の工事現場
リニア中央新幹線の工事現場


 実は、浮上式鉄道のアイデアは、かなり古くからありました。
 下の画像は科学雑誌『動く実験室』1947年3月号ですが、ここにすでに磁力によって車体を浮上させるアイデアが描かれています。記事本文に《こんな高速磁力列車をみなさんがおとなになってから、ぜひ発明してください》とあります。

リニアモーターカー
リニアモーターカー(『動く実験室』1947年3月号)


 基本的に、車両を浮上させるには、【空気浮上式】【常電導・吸引浮上式】【超電導・反発浮上式】の3つのやり方があります。常電導は普通の状態、超伝導は、超低温下で電気抵抗がゼロになることです。
 以下、3タイプを簡単に説明しておきます。

【空気浮上式】

 空気浮上(エアクッション)方式は、フランスのアエロトランが開発に乗り出しました。1965年から開発が始まり、1970年頃からオルレアンの近郊で人を乗せた試験走行をおこなっています。1974年には、時速425kmを達成しました。この方式は構造が簡単で、車体の荷重を平面で支持できるため、軽量化が可能でした。そのため、もっとも実用化が近かったと思われましたが、結果的にうまくいきませんでした。

 まず、推進力として、当初はプロペラ、その後ジェットエンジンを導入しましたが、騒音が大きかったのが大問題でした。また、浮上に大きなパワーが必要で、1トンの揚力に対して10〜30kW必要でした。さらに、エアクッションを受ける底面が平面状なので、降雨や積雪に弱かったとされています。

アエロトラン
アエロトラン


【常電導・吸引浮上式】

 世界で最初に磁気浮上のアイデアを思いついたのはドイツのヘルマン・ケンペルで、1927年だとされます。このアイデアが、1934年に特許となりました。

 車両の下部でレールをはさみ、下から対向させた電磁石(マグネット)とレールの吸引力によって浮上させるのです。距離を測定するギャップ・センサーによって、電磁石とレールの隙間を一定に保つよう制御します。ヘルマンのアイデアは、電子技術が未発達だった時代には実用化できず、特許は消滅しました。

リニアモーターカーHSST構造図
マグネットとレールがくっつこうとする(後述するHSST構造図)


 その後、1960年代後半になって、西ドイツのMBB社やクラウス=マッファイ社がこの方式の開発に着手しています。1975年、MBBのKOMETはロケット推進で時速401kmを記録。1977年には、クラウス=マッファイのトランスラピッド04が、人を乗せて時速253kmを記録しています。この方式は、浮上に必要なエネルギーが他の方式に比べて小さくてすむのが有利でした。現在は、統合されて、トランスラピッドとして実用化しています。

リニアモーターカーKOMET
KOMET

トランスラピッド
トランスラピッド04

【超電導・反発浮上式】

 この方式は、西ドイツのシーメンスなどが開発したもので、磁石の反発力を利用しています。
 しかし、超電導にするために使うヘリウムの冷却、液化に大きなエネルギーが必要で、ヘリウムの散逸を防ぐのも課題でした。また、強力な磁場が人体に及ぼす影響など、検証すべき点が数多くありました。

リニアモーターカーマグレブ構造図
車体が磁石の反発で浮く(後述するマグレブ構造図)


 浮上式鉄道の技術はドイツとフランスが先行していましたが、アメリカはどうだったのか。
 アメリカでは、1965年、ボストン〜ワシントン736kmを2時間で結ぶ「グライドウェイ」という高速地上輸送システムが発案されていますが、芳しい成果は出ませんでした。
 さらに、ROMAGという個人向け移動システムの開発も進みますが、こちらもうまくいきませんでした。

リニアモーターカーグライドウェイ車両イメージ図
グライドウェイ車両イメージ図(日本国有鉄道『外国鉄道技術情報』1967年3月号)


 では、日本はどうだったのか。
 日本でリニアモーターカーの研究が始まったのは1962年です。当時の国鉄が開発を始め、10年後の1972年、浮上走行に成功しました。その2年後、今度は日本航空が浮上実験に成功。以後、日本では2つのリニアが同時に開発されていきました。

 実は、1970年代、東大の研究を発展させ、運輸省がおこなったEMLという磁気浮上式鉄道プロジェクトもありました。1976年には、大和市つきみ野に165mの試験軌道を敷設し、EML-50の走行実験が実施されますが、特に進展もなくプロジェクトは終了しています。技術的に整理しておくと、以下のようになります。

【常電導・吸引浮上式】EML(運輸省)/HSST(日本航空)
【超電導・反発浮上式】マグレブ(日本国有鉄道)

鉄道ピクトリアルリニアモーターカー
EML-50(『鉄道ピクトリアル』1976年10月号)


 HSSTは、1985年、科学万博(つくば市)で展示走行され、1989年、横浜博で初の営業運転に成功します。2005年、愛知万博で走行し、現在は、愛知高速交通がリニモとして営業運転中。HSSTの開発については別記事でまとめるので、ここでは国鉄の開発についてまとめます。

リニアモーターカーHSST
HSST-02

愛知リニアの実験線
愛知リニアの実験線(2004年)


 ざっくりいえば、ドイツ方式(トランスラピッド)と日航方式(HSST)は常伝導磁石を使っているため、どう頑張っても最高速度は時速450km程度、地上から1cmほどしか浮上しないため、小石が落ちただけでトラブルにつながってしまいます。
 一方、国鉄方式(マグレブ)は超伝導を使うため、10cmほど浮上したうえ、理論的にはいくらでも加速できます。ただし当然のことながら予算のほうも「加速」しまくりなわけですが。

 以下に、国鉄方式(マグレブ)の開発史を年表式にあげておきます。

リニアモーターカーML100
ML100


○1962年 リニアモーターカーの研究開始
○1972年 ML100、超電導磁気浮上の走行に成功
○1973年11月 中央新幹線を全国新幹線鉄道整備法に基づく基本計画路線に決定
○1977年7月 宮崎実験線で走行実験開始
○1979年12月 無人走行で時速517km(世界記録)達成
○1987年2月 MLU001、有人走行で時速400kmを達成

リニアモーターカーMLU001の模型
MLU001の模型(1980年走行開始、名古屋「リニア・鉄道館」)


 その後、実験線は宮崎から山梨に移転します。
 本サイトの管理人は、稼働中の宮崎実験線に行ったことがありますが、広大な場所にぽつんと線路があって、わびさびの世界でした。このときはリニアを見ることができず、寂しい思いをしたのです。なお、山梨移転後は、東北大学のエアロトレイン(翼付きの高速鉄道)の実験がおこなわれました。

リニアモーターカーMLU002
MLU002(1987年)


○1997年4月 MLX01、山梨実験線で走行試験開始
○1997年12月 無人走行で時速550km達成
○2003年12月 有人走行で時速581km(世界記録)達成
○2005年 愛知万博で車両展示(このときHSSTは営業運転)

リニアモーターカー初期の実験施設
リニアモーターカー初期の実験施設(『外国鉄道技術情報』1974年3月号)


 JR方式は、はなばなしい世界記録を保持しており、技術的にも問題ありません。しかし、なぜか実用化の予算がなかなかつきませんでした。その理由をジャーナリストの立花隆が、技術者たちに取材しています。
 
《「でも、これが国家プロジェクトになることは当分なさそうなんです。自民党の交通部会の先生方が、凍結状態にある整備新幹線を全部完成させるまでは、中央新幹線などビタ一文たりとも予算をつけさせないと頑張ってますから」》(『文藝春秋』2004年1月臨時増刊『ON BUSINESS』)
 
 こうしたことから、JR東海は、自腹で工事することを決意します。
 2011年、中央新幹線の整備計画が決定し、2014年、JR東海による工事が認可されました。
 リニア中央新幹線は、いまのところ東京〜名古屋が2027年開業、東京〜大阪の全線開業が2037年の予定です。

営業仕様のL0系
世界最高時速603kmを達成したL0系(「リニア・鉄道館」)


HSST開発史

制作:2020年5月17日


<おまけ>

 1973年、アメリカはニューヨークとロサンゼルスを結ぶ超高速の大陸横断鉄道MELシステムの試案を発表します。これは、磁気浮上リニアモーターカーを、地下の真空チューブの中を走らせるものです。摩擦を極限まで減らすことで、時速972km(秒速270m)を目指していました。
 この試案では、チューブ鉄道は超音速も可能で、時速3240km(秒速900m)は想定内、ロケット車を使えば時速9180km(秒速2550m)もあり得るとしています。もちろん実現することはありませんでしたが。

チューブ鉄道MEL
チューブ鉄道MEL(『外国鉄道技術情報』1974年12月号)
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