原子力船「サバンナ号」の誕生
なぜ原子力化が推進されたのか?

サバンナ号の進水式
サバンナ号
全長180m、全幅23.8m


 1860年代、大西洋を最速で横断した船に与えられる栄誉として「ブルーリボン賞」が創設されました。西回り航路で1952年からずっと記録を保持しているのが「ユナイテッド・ステーツ」という客船で、平均速度35ノット(時速約65km)程度です。当時は大西洋を5日間で横断しました。

 ちなみに世界で初めて大西洋を横断したのは「サバンナ号」という蒸気船で、1819年のことです。5月22日にアメリカのサバンナを出港し、29日と11時間かかってイギリス・リバプール港に到達しました。しかし、そのうち蒸気で航行したのはたった89時間で、あとは帆船として風まかせ。別にエンジンの調子が悪かったわけではありません。89時間分の燃料(薪と石炭)しか積めなかったからです。
 このサバンナ号が出港した5月22日は、アメリカで海の日として知られています。

 そしてそれから140年後の1958年5月22日、ニューヨークの造船所で新たなサバンナ号の建造が始まりました。こちらは世界初の原子力商船でした。

サバンナ号の進水式
サバンナ号の進水式


 原子力の平和利用を語る上で、発電に次いで重要なのは動力源としての役割です。特に船舶における原子力の利用には、非常に大きな期待が集まりました。どうしてか? それは、船のスピードを上げるのはめちゃくちゃ大変だからです。

 船は細く長くするほどスピードが出ますが、スピードアップは形状よりエンジンの馬力に大きく左右されます。理論上、船の速度はエンジンの馬力の約3乗に比例します。
 単純に2万馬力15ノットの船を30ノットにするには、2×2×2で8倍、形状によっては10倍くらいの馬力が必要になるわけです。つまり20万馬力。
 
 馬力と燃料消費はほぼ比例するので、馬力が10倍になると燃料も10倍。ただし速度が倍になったので、実質的に燃料は5倍ですみます。この5倍というのが致命的な数字なんですな。

 1955年頃、スエズ運河は4万トン程度の船しか通行できませんでした。
 そこで、積載4万トンのタンカーで中東から日本に原油を輸送することを想定してみます。だいたい積み荷の10%の燃料を消費するので、4万トンだと片道4000トンの燃料がかかる。スピードを2倍にすると5倍の燃料が必要になるので、なんと2万トン。つまり、積み荷の半分を使ってしまうわけです。これじゃ効率が悪すぎる。

 ところが、もし原子力をエネルギーにすれば、わずか数kgの燃料しかかからない。いくらスピードを上げてもまったく問題はない。これこそが原子力発電が推進された理由です。まさにエネルギー革命でした。

ノーチラス号
ノーチラス号
(アメリカ国立公文書のサイトより)



 当然、原子炉はまず軍事的に利用され、1954年、世界初の原子力潜水艦ノーチラス号が就役。
 その後、ソ連でも1959年に世界初の原子力砕氷船レーニン号を就役させます。この砕氷船は北極海航路の確保に活躍するんですが、こうした流れのなかで、ついに商船にまで原子炉が搭載されていくのです。

ソ連の原子力砕氷船
ソ連の原子力砕氷船


 では、原子力船サバンナ号について見ていきましょう。 

サバンナ号
進水式


 上の写真を見ればわかりますが、サバンナ号は非常にシンプルな外観です。その理由は煙突や貨物船のようなクレーンがないから。
 船内は11の区画に分かれていて、そのうち2区画が船室、7区画が船倉、そして中央部分の2区画が原子炉室と機械室になっています。

 ノーチラス以来、船舶用の原子炉はウェスチングハウスが製造してきましたが、サバンナ号の原子炉はバブコック・アンド・ウィルコックス製で、7万4000kWの出力がありました。

サバンナ号の原子炉
サバンナ号の原子炉
原子炉コンテナは直径10.6m、長さ15m

 
 原子力発電は、熱で蒸気を発生させ、その蒸気で発電タービンを回すんですが、実はこれ火力発電と同じ仕組みです。要は水を何によって温めるかの違いです。
 また、原子炉には2種類あって、1つは水をそのまま沸騰させるヤカン方式。これを沸騰水型炉(BWR)といいます。
 もう1つは加圧水型炉(PWR)といって、高圧の水を使う方法。高圧なので水は沸騰しません。

 ヤカン方式だと構造は簡単ですが、水が放射能に汚染されるため、維持管理が大変で、分厚い遮蔽壁が必要になります。一方、高圧式だと構造は複雑ですが、遮蔽は軽くてすみ、管理もラク。よって、原潜にはみな加圧式が使われます。
 ちなみに事故を起こした福島第1原発はヤカン型、東京電力など東日本の電力会社にはヤカン型が多く、西日本の電力会社には高圧型が多いです。

 で、両者とも燃料は濃縮ウランを使います。
 濃縮って何を濃縮するのかというと……天然ウランは99.3%が核分裂を起こさないウラン238で、残りの0.7%が核分裂を起こすウラン235。この235を濃縮するわけです。

ウラン棒
164本のウラン棒が1セット


 サバンナ号の原子炉では、だいたい4.4%に濃縮したウラン235を1cmくらいの錠剤型(ペレットといいます)にして、それをまとめて164本の棒にしています。この棒をさらに32個集めて全体の炉心ができています。
 合計すると57.6キロで、これだけで1230日(3年4カ月)はいっさいの交換なく稼働する計算でした。

 前述したように、加圧型は遮蔽は少なくてすむんですが、それでも原子炉の周りにはものすごい遮蔽壁がありました。
 参考までに書いておくと、

・1次遮蔽体……厚さ5〜10cmの鉛をかぶせた83cm厚のスチールタンク。なかには115トンの水
・2次遮蔽体……重コンクリート552トン、ふつうのコンクリート508トン、鉛481トン、ポリエチレン68トンの構造物
・防水マット……厚さ2.5cmの鋼と7.5cmの杉を交互に6層重ねたもので、合計158トン
 
 などなど合計で約2500トン! 原子炉恐るべしだな。
 しかし、これだけ重くても、重油でタンカーのスピードを上げるより効果的なわけです。



サバンナ号
キャムデン造船所に作られた長さ21m、高さ16mの動力実物大模型

 
 さて、原子力のデモンストレーション船として建造されたサバンナ号には次の5つの使命が与えられていました。

 1.人類の福祉のため、原子動力の平和利用を全世界に実証する
 2.原子力を平和的に世界市場に持ち込む
 3.原子力船は完全に信頼でき安全だと啓蒙する
 4.国際間の補償問題などを早期解決し、原子力船が世界中どこでも入港 できるようにする
 5.アメリカ商船の原子力化による効果を海運局と原子力委員会に評価させる


 サバンナ号は「庶民の憧れ」を形にしたため、船内には映写室、図書館、プールなどがあり、非常に豪勢に作られていました。それでも建造費の6割は原子炉に取られてしまいました。
 当初は引き続き、数百隻の商船を建造する構想があったものの、結局、経済性から頓挫し、サバンナ号は1972年に引退しました。

サバンナ号
エアコン付きの豪華船室
 

 なお、日本では4万トン2万馬力の原子力タンカー2隻を建造する予定でしたが、やはりこちらも頓挫。その後、1969年に原子力船「むつ」が進水しますが、1974年、初の航行試験中に放射線漏れを起こしてしまい、以後、16年にわたり日本の港をさまよい続けます。1993年に原子炉を撤去し、海洋地球研究船「みらい」になりました。

「むつ」進水の記念切手
「むつ」進水の記念切手

 現在は世界でも原子力商船は存在しておらず、軍用以外ではロシアの原子力砕氷船があるだけです。

原子力機関車の誕生


制作:2011年4月24日

<おまけ>
 原子炉の利用として航空機も想定されていました。

原子力爆撃機
原子力ジェット8機を積み、防御用に6機の戦闘機を抱えて飛ぶ原子力爆撃機「フクロネズミ」(アメリカ)

ソ連の原子力輸送機
こちらはソ連の原子力輸送機
 
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