三菱大夕張炭砿は、比較的、事故は少なかったのですが、次第に採炭坑が深くなり、会社は南大夕張炭砿の開発にシフトしていきます。しかし南大夕張砿も1990年に閉山。結局、この地域は“用なし”となり、シューパロダムの建設計画が浮上するわけです。
石炭の時代の終焉。それはしょうがないことだけど、なんというか、日本のエネルギー政策の悲哀を感じてしまうんだなー。まぁ、その時代を忘れないためにも、北海道内の戦後の主な炭鉱事故についてまとめておきます(北海道新聞1998年11月25日付より。人数は死者数)。
1954年08月 太平洋(釧路)でガス爆発、39人
1955年11月 雄別茂尻(赤平)でガス爆発、60人
1961年11月 日炭福住(赤平)でガス炭じん爆発、20人
1965年02月 北炭夕張でガス爆発、62人
1968年07月 北炭平和(夕張)で坑内火災、31人
1970年12月 三井砂川でガス爆発、19人
1971年07月 住友歌志内でガス突出、30人
1972年11月 石狩(奈井江)でガス爆発、31人
1977年05月 三井芦別でガス爆発、25人
1981年10月 北炭夕張新鉱でガス突出、93人
1985年05月 三菱南大夕張でガス爆発、62人
炭坑への入口(石狩炭田のどこかだが、鉱山名不詳)