立体写真の誕生
あるいは遠近法の“発見”

双眼写真と呼ばれた立体写真
双眼写真と呼ばれた立体写真(浅草12階)
 
 正岡子規の絶筆である『病牀六尺』に、《近眼の人はどうかすると物のさとりのわるいことがある、いわば常識に欠けて居るというようなことがある》と書かれています。理由は近眼だと知識を得にくいからで、つまり目が悪いとバカだと(笑)。
 子規がどうしてこんなことを言い出したかというと、病床で売り出したばかりの「双眼写真」にハマり、見舞客に見せると、近眼の人はどうも立体視がうまくいかないことに気づいたからだそうです。
 双眼写真(ステレオ写真、3D写真)とは、同じような写真を横に2枚並べて、それを眼鏡を通して見ると、2つの写真が1つの立体画像に見えるというものです。人間の両眼の距離と同じだけ離して2つのレンズで撮っているため、立体視できるのです。

《そこに森の中の小径があればその小径が実物のごとく、奥深く歩いてゆかれそうに見える。そこに石があればその石が一々に丸く見える》(『病牀六尺』明治35年=1902年6月29日)

 という感じです。実際に見てみると、確かにくっきりと立体に見えて、けっこう驚きます。

 立体写真を発明したのは、イギリスの医師チャールズ・ホイートストンです。鏡を使った「ステレオスコープ」で、1838年のことでした。ちょうどそのころ、カロタイプという写真現像技術がイギリスのヘンリー・フォックス・タルボットによって発明され、両者が合わさって世界初の立体写真が完成しました。
 これが1851年のロンドン万国博覧会で大々的に売り出され、最初の立体写真ブームが起こったのです。
 慶応3年(1867)に刊行された『写真鏡図説』に「双眼写真」の文字があるので、日本にも江戸時代末期にはこの立体写真が伝わっていたことがわかります。
 その後、世界旅行ブームとともに、立体写真の撮影隊が世界中をめぐります。1900年ごろには日本にも来て、エキゾチックな風景を撮影しています。


 さて、人間が眼で認識する三次元空間を「視空間」といいますが、これはどうすれば「奥行」を認識できるか(どうすれば平面を立体的に見られるか)ということです。
 
 紙に単なる丸を描いても、これでは球には見えません。丸に影をつけると、ようやく球に見えますな。これが「立体感」と呼ばれるもの。
立体感
 この画像のように、影をつけると、単なる丸が球に見えます。ちなみに影が2つあるので、光源も2つあることがわかります。


 で、立体感のある画像が1つあっても、遠近感を感じることは出来ません。奥行きを感じるためには、どうしても物体が2つないとダメですね。
 そして、物体を2つ並べたとき、人間が遠近感を感じる要素は、以下の6通りくらいしかありません。

 (1)小さい物の方が遠い
 (2)上にある物の方が遠い
 (3)隠されているものは、隠している物より遠い
 (4)ぼやけている物の方が遠い(空気遠近法)
 (5)ごちゃごちゃしてる方が遠い
 (6)平行線の間隔が狭いほど遠い(線遠近法)


 これを浮世絵で見てみましょう。下の2枚は有名な広重の「東海道五十三次」の模写です。本物よりこっちの方がわかりやすいので、あえて偽物を公開です。

東海道五十三次・神奈川
「東海道五十三次・神奈川」の模写

○左手の船が、手前からだんだん小さくなっています(上の1に相当)
○右手の家は、上に行くほど遠くになっている(上の2に相当)

「東海道五十三次・三島」
「東海道五十三次・三島」の模写

○奥にある家を手前の駕籠が隠している(上の3に相当)
○奥の風景がだんだん青くなっていき、さらに遠くは薄くなっていく(上の4に相当)

五雲亭貞秀「神奈川横浜新開港図」
五雲亭貞秀「神奈川横浜新開港図」

○奥に行くほど絵の密度が濃くなる(上の5に相当)
○平行線が奥に行くほど狭い(上の6に相当)

 さて、以上が遠近感の基本ですが、こうした知識の上に、立体視への挑戦が始まりました。

 まず、日本には立版古(たてばんこ)というものがありました。ジオラマのように紙人形を立てて、それを遠くから見ると立体に見えるおもちゃ絵ですな。
 ちょっと本物がないので、明治39年の雑誌付録「電車組み上げ」を公開しときます。絵を切り取って、立てて飾る。奥に立てた紙人形は小さく見えるので、立体感が出るわけです。

立版古
「少年智識画報」より


 昔、見世物小屋には「覗き絵(覗きからくり)」があって、絵を凸レンズで覗き見ると一部が強調され、おやびっくり、立体的に見えるというのがありました。絵が押絵(おしえ)という立体構造の場合だと、かなりの立体感があったようです。立版古もそもそも立体なので、やはりレンズ越しに見ると、遠近感はさらに強調されました。

 余談ながら、覗き絵で有名なのが江戸川乱歩の『押絵と旅する男』ですな。のぞき絵のリアルな「お七」に恋した男が、そのまま押絵の中に入ってしまうというストーリーです。

《兄は押絵の娘に恋こがれたあまり、魔性の遠目がねの力を借りて、自分のからだを押絵の娘と同じくらいの大きさに縮めて、ソッと押絵の世界へ忍び込んだのではあるまいかということでした。そこで、私はまだ店をかたづけないでいた覗き屋に頼みまして、吉祥寺の場を見せてもらいましたが、なんとあなた、案の定兄は押絵になって、カンテラの光の中で、吉三のかわりに、うれしそうな顔をして、お七を抱きしめていたではありませんか》

 もう1つ、西洋から入ってきた透視遠近法により、より明確な立体画像が書けるようになりました。これを浮絵と言います。上の神奈川横浜開港図が典型的な浮き絵です。

 念のため、遠近法の失敗例も公開しておきます。

天理教大祭
天理教大祭の図(石版画)

 この絵だと、群衆による遠近感はありますが、背後の神殿の向きがバラバラです。これは遠近法の基本である「消失点」が理解されていなかった例です。

 さて、話を戻しましょう。
 キチンと遠近法で書かれた浮絵を凸レンズで覗くと、かなりの立体視が楽しめました。これが眼鏡絵と呼ばれるものです。めがね絵は鏡を使う場合、左右逆に書かれました。

めがね絵双眼写真
左:めがね絵を覗くめがね 右:双眼写真を覗く眼鏡


 めがね絵は、円山応挙と司馬江漢が有名です。
円山応挙「蘇州万年橋の図」
円山応挙「蘇州万年橋の図」

司馬江漢「紀州和歌浦」
司馬江漢「紀州和歌浦」


 さて、このように立体視文化は江戸時代に花開いていましたが、それらをすべて駆逐してしまったのが、冒頭で触れた双眼写真でした。慣れれば完全な立体視が出来ることで、正岡子規だけでなく、初めて見た人は誰もが驚愕したのでした。


制作:2007年11月18日

<おまけ>
 現在は眼鏡がなくても立体視できるテレビが開発されています。
 で、究極の立体視は、スターウォーズなんかに出てくるホログラムでしょう。先日、国内最大級のエレクトロニクス展示会「CEATEC2007」に行ったら、ホログラフィーのデモをやってました。画像自体は撮影できませんでしたが、まぁ、まだこれからといった感じでした。機械も巨大で、正直、実用化は遠いでしょうねぇ。
ホログラム再生装置
ホログラム再生装置

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