20年前の「2010年技術予測」

「2010年技術予測」の表紙
「2010年技術予測」の表紙
(上が月面研究基地、下がリニアモーターカタバルト)



 1990年10月、経済企画庁は今後20年で世界はどうなるのかを「世界経済」「国民生活」「産業経済」「社会資本」の4つのテーマで分析することになりました。
 その一環として「2010年技術予測研究会」が設置され、特に産業技術に関して集中的な予測が行われました。
 
 なぜ産業技術の調査が重視されたかというと、バブル真っ盛りの日本で、特に対米技術戦略が非常に重視されたからです。
 たとえば1980年代半ば、半導体は「産業のコメ」と言われ、日本の半導体産業は世界で圧倒的な立場にありました。国際市場で5割以上のシェアを獲得し、自動車産業と並ぶ日本の基幹産業だったわけです。
 当然、車も半導体もアメリカと熾烈な競争をしており、将来の予測は非常に重要でした。

 ところが、「未来の技術が経済に与える影響」という体系的な研究が、それまで日本ではほとんど行われていませんでした。もちろん科学技術庁では1971年以降、数年おきに「技術予測調査」を発表し、将来の技術動向を報告しています。また通産省でも「産業技術の動向と課題」といった報告書を発表していましたが、こうした調査は断片的なものでしかありませんでした。

 そこで、これを機に一気に大調査を行うことになったのです。

 これは日本が独自に動きだしたというより、むしろアメリカの動きに触発されたものでした。
 今では信じられませんが、バブル当時、「アメリカが日本に飲み込まれる」という「日本脅威論」というのがありました。日本の技術力に危機感を募らせていたアメリカは、1990年、国防権限法に基づき、ホワイトハウス内部に特別諮問グループを設置、1991年4月に「国家重要技術リスト」を発表しています。内容は「ソフトウェア」「ネットワーク」「分子生物学」など、今日の基幹技術を網羅しています。
 また国防総省も同年5月に「重要技術リスト」を発表、日本に対して強く牽制していました。
 
 アメリカは、その後、さまざまな対日強硬策をとり、日本の「強さ」をくじくことに執念を燃やしました。それが具体的には1993年、クリントン政権のゴアが提唱した「情報スーパーハイウェイ構想」で結実し、日本はIT敗戦によって、現在のジリ貧国家になるわけですが。

 1990年代は後に「失われた10年」と呼ばれますが、逆に言えば、アメリカによる「日本引き下げ工作」が見事に成功したと言ってもいいのです。
 しかしまぁ、それはここでは特に触れません。
 それより、俺としては、当時の日本の予測がどの程度当たっているのかに関心があるのですよ。

 
「2010年技術予測研究会」は1990年12月から101の技術予測を開始し、1991年9月に内容を公表しています。
 たとえば、当時市販されているコンピュータのメモリは4MBが最高でした。4MBって、現在のデジカメ写真1枚分ですよ(笑)。それが、1〜2年後に64MBになり、2000年頃には1GBになると予測されました。

 現実はどうか?
 64MBのDRAMの開発は1990年。「開発」と「市販」は違うとはいえ、なんと未来予測中に現実が追い越してしまっていたのです。1GBのDRAMは1995年に開発。ここでも現実が予測より5年ほど早くなっています。
 ちなみにメモリに関していうと、2030年に1TB(1000GB)が開発され、3兆円の市場規模になるとされています。実際はどうなるかな?


 さて、アメリカが日本に勝利したのはインターネットの基幹技術を抑えたからと言っても過言ではないでしょうが、予測ではどうなっているでしょうか?
 インターネットは1969年、アメリカ国防総省の研究機関DARPAが開発したものですが、現在のウェブ(www)が発明されたのは1990年。スイスの素粒子物理学研究所CERNの研究員だったティム・バーナーズ=リーらが完成させました。
 
 1991年9月に発表された未来予測にwwwが書かれていないのは、まぁお役所仕事という点で理解はできます。しかし、なんだか通信に関して認識がとっても甘いんですよ。
 たとえばテレビ電話。64KbpsのISDN(完全デジタル通信網)動画テレビ電話が1994年頃に実用化。2000年には200億円、2010年には300億円の市場規模とされています。
 
 もっとひどいのは「光加入者システム」というもので、要は光ファイバーによるマルチメディアサービスなんですが、実用化は1995年頃で、2010年の市場規模は5000億円。
 携帯電話(コードレス電話、無線LANなどをひっくるめた「パーソナル情報通信機器」)に至っては2010年の市場規模はたった5000億円の予測でした。
 2010年の現在、国内IT市場規模は13兆円弱とされてるので、はるかに小さい予測です。

 ちなみに、当時、日本ではNTTがまずISDN化し、続いて光ファイバーを普及させる計画でした。この長期計画に「東京めたりっく通信」のADSLが殴り込みをかけたのが2000年。その後、ソフトバンクがADSLを一気に普及させたのはご存じの通り。また携帯でもソフトバンクが参入し、予測をはるかに超えるIT市場が生まれたわけですな。

 結局のところ、日本が技術敗北したのは、通信をはじめとする基幹技術の将来をきっちりと想定できなかったことに最大の理由があるような気がするのです。

 というわけで、以下、101の技術の実用化予測を一挙公開です。


●1992年
・VSAT(超小型地上局)/衛星データネットワーク

●1994年
・テレビ会議システム
・テレビ電話

●1995年
・サーフェイス・エフェクト・ビークル(小型高速船)
・フロン代替ガス
・フロン回収処理技術
・光加入者システム(ISDNによる放送・通信サービス)
・パーソナル通信機械(携帯電話)
・ガソリン代替燃料自動車(電気自動車)
・CS/BS−CATV(通信・放送衛星によるケーブルテレビ)
・光LAN
・高効率ヒートポンプ技術
・広帯域ISDN交換機
・HDTV(高画質テレビ)
・HSSTリニアモーターカー

●2000年
・自然崩壊プラスチック
・高性能CFRP
・沖合人工島
・バイモーダルシステム(鉄道と自動車の一貫輸送システム)
・超超高層ビル
・海洋牧場
・バイオセンサー
・セラミックス・ガスタービン・エンジン(新動作エンジン)
・小型垂直離着陸プロペラ機
・革新的自動車製造技術
・小型垂直離着陸ジェット機

●2005年
・自律分散制御(ロボットの自律分散管理)
・無重力実験地下施設
・超大型エアドーム
・大深度地下鉄道道路施設
・次世代自動車

●2010年
・アクアロボット(深海ロボット)
・磁性材料
・水素吸蔵合金(水素貯蔵による蓄電)
・AI-CNC(加工プロセスの自動作成機械)
・光IC
・マイクロマシン(高性能部品加工)
・フローティングステーション(巨大な浮体構造物)
・プロダクトモデル(立体モデルのコンピュータ計算)
・アドバンスト・トレイン・コントロールシステム(列車を中央集中ではなく個別分散で管理)
・コンカレント・エンジニアリング(共有データベースによる生産効率化)
・半導体超格子素子(高速演算素子)
・超並列コンピュータ
・太陽光発電
・地下排水処理貯蔵施設
・地下物流ネットワーク
・ニューガラス(光コンピューターに向けた特殊ガラス)
・超高層ビル解体技術
・CO2触媒固定化技術
・小型固有安全軽水炉
・海洋レジャーランド
・テクノスーパーライナー(超高速フェリー)
・超電導リニアモーターカー
・テラビット光ファイル
・アモルファス合金(新磁性体)
・骨髄バンク
・インテリジェント船
・CO2処分技術
・高性能C/C(カーボン100%)コンポジット
・スーパーインテリジェントチップ
・テラビット光通信デバイス
・リニアモーターカタバルト(スペースシャトルの新発射台)
・知能ロボット
・大量輸送旅客機

●2015年
・燃料電池

●2020年
・人工酵素・生体膜
・ウィルス治療薬
・複合加工センター
・知的CAD
・自動翻訳システム
・超電導デバイス(大容量メモリ向け技術)
・有機非線形光電子素子(光コンピュータの基幹材料)
・人工現実感システム(バーチャル・リアリティ)
・光コンピューティング素子・機器
・自己増殖データベースシステム
・超電導電力貯蔵施設
・HST(極超音速輸送機)
・月面研究基地
・地下蓄熱システム
・地下一般廃棄物処理システム
・通信衛星利用自動車
・光化学ホールバーニングメモリ(光メモリ)
・バイオコンピュータ
・超超精密加工機械

●2025年
・高速増殖炉

●2030年
・癌治療薬
・ニューロコンピュータ(脳のように判断や予測ができるコンピュータ)
・次世代超電導リニアモーターカー
・人工臓器
・超電導材料(電気抵抗ゼロ材料)
・免疫・アレルギー治療薬
・テラビットメモリ

●2035年
・CO2植物固定化技術

●2040年
・熱可塑性分子複合体(金属に匹敵する強化プラスチック)
・分子デバイス(分子組み立てによる超高密度メモリ)

●2050年
・痴呆症治療薬
・バイオエネルギー
・自己増殖チップ(自己判断する半導体)
・高性能セラミックス複合材料
・高性能金属系複合材料
・核融合炉


制作:2010年1月4日

<おまけ>
 この予測では、結論を
「ここ数年で我が国の未来技術の研究水準は、我が国が優れているものはさらに欧米との差を広げ、また、我が国が立ち後れているものは欧米との格差を次第に縮めつつあるということができよう」
 という楽観論で終えています。今読むと、なんだかなぁ、なのでした。


1901年の未来予測
1920年の未来予測
未来予測の画像集
2030年〜2050年の未来

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