北海道・驚異の観音様に会いにいく
立ち並ぶ「モアイ観音」

巨大観音像
まずは北方領土返還を訴える巨大観音像から


 俺はこれまでいろんな観音さまにお参りしてきました。たとえば耕三寺の15m救世観音や大観音寺の33m純金宝珠観音などなど。

15m観音33m純金観音12m八幡野観音
左から15m観音(広島県尾道市)、33m純金観音(三重県津市)、12m八幡野観音(静岡県伊東市)


 しかし、北海道には想像をはるかに超えた観音様がいるそうです。なんと巨大なモアイ観音!
 まさに驚愕の姿です。では、そこにたどり着くまでに、まずは上野公園から出発して観音研究をしたいと思います。

 現在の上野公園は、その昔、すべて寛永寺の敷地でした。有名な話かもしれませんが、その寛永寺は京都の比叡山延暦寺を模して建造されています。
 まず場所からいうと、平安京の鬼門(北東)の方角に延暦寺があるのと同様、寛永寺も江戸城の北東に建てられています。山号「東叡山」は、もちろん「東の比叡山」の意味。本堂は根本中堂と言って、比叡山の本堂と同じ名前です。
 不忍池は琵琶湖で、その池に浮かぶ弁天島は竹生島を模しています。清水寺の小型版・清水観音堂も池の畔にあります。
 これは、寛永寺の創建に当たって、家康以降、将軍3代の側近だった天海僧正が意図的に作ったものです。

清水堂 弁天堂
左が清水堂、右が不忍池に浮かぶ弁天堂


 で、天海とはなんの関係もないですが、実は寛永寺ができて10年ほど経った浅草に、京都の三十三間堂(蓮華王院)を模した建物が完成しました。江戸三十三間堂と呼ばれるもので、後に火事で焼失し、富岡八幡宮の東側に再建されています(明治5年に廃寺)。

江戸三十三間堂
江戸名所図会より江戸三十三間堂
 
 江戸三十三間堂は、通し矢の流行をうけて作られました。通し矢とは京都の三十三間堂で行われた弓の競技のことですな。三十三間堂は柱の間隔が33あることから名付けられています。間隔は2間なので、合計66間(約120m)。この長さを弓矢で当てられたら、相当な腕前です。

三十三間堂
こちら本物の三十三間堂(戦前)

 でだ。
 三十三間堂って、いったいどうしてこんな長い建物なんでしょうか? お堂は南北120mで奥行き22mだから、極端に長い建物です。実際に行くと、その長大さにかなり驚きます。

 実は「33」という数は、三十三間堂の本尊「千手観音」の分身の数から来ています。
 観音菩薩は、あまねく衆生を救うため、相手にあわせて33の姿(「三十三身」といいます)に変身するとされているのです。

観音菩薩
『諸宗仏像図彙』より(国会図書館近代デジタルライブラリーから転載)


 一般的な千手観音像は「11面42臂」と呼ばれ、11の顔と42の手を持っています。
 合掌している2つの手を除く40本の手それぞれが25の世界を救うことで、1000の世界を救えるわけです。これが「千手」の由来。
 また、紀元前1200年頃作られたインドの聖典『リグ・ベーダ』では天界・空界・地界の3界それぞれに11神が配置されることで、33の神がいるとされています。これが仏教に影響し、33の化身に転化したようです。

 このように観音と33とは密接な関係があるわけですが、ここから西国33カ所霊場や坂東33カ所霊場が生まれました。ちなみに秩父34カ所霊場とあわせて、日本100観音と呼んでいます。
千手観音聖観音
左:千手観音(長命寺=西国三十三所第31番)
右:聖観音(四萬部寺=秩父三十四札所第1番)



 観音さまの造形は一般的に天明3年(1783)に刊行された『仏像図彙』をもとにしています。その結果、多くの観音さまがだいたい似たり寄ったりの造形になるんですが、北海道には超越的な観音さまがいると聞いて、さっそく行ってみたよ。目的地は真駒内滝野霊園です。
 ここにはなんと巨大なモアイ像がひたすら並んでいるのですよ。そしてその数が、案の定というか33。つまり、このモアイは観音様の化身というわけですな(笑)。

モアイ観音
これがモアイ観音

 この霊園は実に何でもありで、園内にはストーンヘンジから大仏から金閣寺までそろってます。
 何ともおめでたいスーパー珍スポットなのでした!

大仏 ストーンヘンジ
高さ13.5mの大仏とストーンヘンジ


制作:2008年1月5日


<おまけ>
 昔から三十三間堂には3万3333の仏像があると言われます。しかしこれは間違いで、本当は3万3033。
 三十三間堂の本尊は千手観音1001体です。お堂の中央に湛慶が作った巨大な千手観音坐像(国宝)が安置され、左右に各500体の千手観音が並んでいます。その両端に風神と雷神が配置されていますが、これは本尊ではありません。
 この1001の仏像が33の分身となることで、33033体の仏像となるのです。

 ところが、シーボルトもルイス・フロイスも33333と勘違いして記録しています。たとえば、1565年のルイス・フロイスの書翰には、三十三間堂の本尊について次のように書かれています。
「左右に500体ずつ観音像があり、それに阿弥陀本尊の像と、その周囲に28部衆と脇立2体とがある。側に並んでいる小さな像を残らず勘定に入れると、この堂内に安置する観音像の数は33333体あるという」
 中央が阿弥陀像としてるのも間違いですね。

<おまけ2>
 千手観音像の1本の手が25の世界を救うというのは、輪廻(りんね)する3界(欲界・色界・無色界)を25種に分けたことから来ています。これを「二十五有」(にじゅうごう)といい、その頂点を「有頂天」と呼んでいます。

<おまけ3>
 カメラメーカーのキヤノンの社名が「観音」から来てるのは有名な話ですね。キヤノンの「ヤ」は大きく拗音(「キャノン」)ではありません。
 ちなみに昔はのんきだったようで、キヤノン自体が広告で「キャノン」と使っています(『写真サロン』1954年2月号より)。
キヤノン

広告
© 探検コム メール