見世物小屋


あやしげな雰囲気が最高!


 現在、日本には常に興行している見世物小屋は1つしかないそうです。それが大寅興行社で、東京では新宿・花園神社の酉の市で見ることができます。
 そこで2005年11月8日、久しぶりに見に行ってみました。すると、毎年のように「今年で最後」と言われていた小屋に、なんと新人の若い女の子が参加してるではありませんか。赤い和服を着て、長い黒髪の小雪ちゃんは、ヘビの頭をかみ切り、生き血を吸い、そのままむしゃむしゃ食べるという……強烈なキャラでした。入団のきっかけは「私もヘビ食いたい」だって。
 いやー、これでしばらく見世物小屋も安泰ですな。

 さて、実は今回、内部の写真撮影が禁止されていたため、残念ながら外観しか画像は公開できません。そこで、本サイトでは1999年7月15日の靖国神社での興行写真を公開しておきます(当時は写真はOKでした)。

 ちなみに大寅興行社の田村由三郎氏は、『自然と文化 見世物』のインタビューで次のように答えています。
「大寅の小屋掛けは宮城のように立派でした。屋根を張り出し、軒下に提灯をぶら下げ、欄干をつける。魔宮殿と言っていました。(中略)移動動物園の後が今の見世物になったのですが、現在も引き継いでいる大蛇とか犬の芸、マジックショーは、大野寅次郎さんの時代の産物です」

 このように、ここは犬をジャンプさせたり蛇を鼻から口に出したり、トランクを使ったマジックが売り。一押しは火吹き女です。現在の入場料は800円ですが、1999年は600円でした。
 すでに靖国神社では興行していないようですが、どこぞで見つけたら、とりあえず1度くらい入ってみよう!
 

小屋にかかった看板。入口では小男が客を誘う。この小男は今回いなかったので、もしかしたら亡くなったのかも。
 


ヘビを体に巻き付けた蛇女(おみねさん)
 

 
溶けたロウソクを口に流し込み(左端)、一気に火を吹く! スゲー!!


 なお、小屋にかかっていた「見世物今昔物語り」を全文公開しておきます(以下すべて原文のまま)。

 そもそも見世物の始まりは勧進を名目に放下(ほうか)や蜘舞(くもまい)を興行した、室町時代にはじまると言ってよかろうが江戸時代に入ってから盛行をきわめたという。まず京都の四条河原がその発祥地としてすでに慶長期(1596-1615年)ころに蜘舞、大女、クジャク、クマ、などの見世物が歌舞伎(かぶき)や人形浄瑠璃(じょうるり)などにまじって小屋掛けで興行していた。かご抜け、まくら返しからくりなどが寛文期(1661-1673年)前後に流行しそのころ<べらぼう>という言葉の語源になった。
 <べらぼう>という奇(き)人の見世物がかかった生人形、小男、ヘビ使い芸などもあった。享保期(1716-1736年)以後には曲馬、人馬、八人芸、女角力(おんなすもう)綱渡りなど明和安永期(1764-1781年)には火喰坊主、蘇鉄(そてつ)男、馬男、熊女、曲屁(へ)福平、鬼娘、ろくろ首など寛政(1789-1801年)以後には唐人蛇(へび)踊り、山男、金玉娘、蛇娘また福招きの人形として知られている。
 <叶(かのう)福助>の流行に乗って1804年(文化1)春は<福助>の見世物が最も人気があったそうな。お祭りの風物史として皆様に親しまれ愛されてきた見世物小屋も明治、大正昭和と平成に至り昔は300軒もあった見世物小屋も現在は、2軒になってしまいました。大人の思い出、子供の夢、皆々様でお楽しみ下さい。 
 
見世物今昔物語り
館主 
「奇形人体」見世物の世界

更新:2005年11月12日

2005年新宿のヘビ女