靖国神社「遊就館」
日本初の軍事博物館の誕生

遊就館
遊就館(2015年8月15日)


 明治31年(1898年)11月上旬、靖国神社で臨時大祭が行われました。
 これは、日清戦争で亡くなった兵士を合祀するためのもので、死者が多かったことから大規模になりました。
 まず4日に招魂式、同時に翌日まで臨時大祭、6日7日は例祭です。

 大イベントだけに、多くの人が集まることが予想されました。つまりは、お祭りです。神社内では相撲、剣舞、真剣試合、能狂言、打ち上げ花火など大きな催し物が続きました。


靖国神社
靖国神社境内(1898年)


 そして、ひときわ盛大だったのが、連日行われた競馬です。信じられないことですが、当時、靖国神社は競馬場でもあったのです。実際、明治5年10月20日には、ロシア皇族の接待のため、外務省が場所を借りて競馬を開催しています。

 臨時大祭であふれ出た参拝者の多くは、境内の西北にあるイタリア古城風の建物に吸い込まれていきました。日本初の軍事博物館である「遊就館」です。ここには膨大な銃剣類、甲冑、軍服などが展示されています。

遊就館
初期の遊就館


 大祭に際し、宮内省が特別出品していたのが、平安時代の刀工・三条宗近が作った太刀でした。幻の名刀で、菊の御紋つきの紫色の幕の中で展示されました。
 隣には、三菱の岩崎弥之助が出品した中国風の飾太刀。伊勢神宮の御物の刀剣そっくりだと評判でした。
 さらに旅順で使われた魚雷、清国の賊に襲われた郵便夫が必死に運んだ血痕つきの郵便袋などなど、さまざまな展示がありました。

 当時、必見と言われた展示品が、仙台の士族の未亡人が女性1万人の髪で作った軍艦用の毛綱です。日清戦争に際し、軍備拡張に役立てばと、1年かけて30mの長さまで編み込みました。
 また、清国兵の逃亡で手に入れた清国の提督旗は、戦利品のなかでも第一だと言われました。

日清戦争の戦利品
日清戦争の戦利品(中央右、緑の旗が提督旗)


 日清戦争終結から3年後、国民は戦利品を見て拍手喝采していたのです。

遊就館
遊就館(『風俗画報』より)


 遊就館は、戦死した兵士の遺物を陳列するため、明治11年(1878年)に山県有朋らが発案し、西南戦争で献納された華族の恤兵金(じゅっぺいきん=寄付金)を使って建設が始まりました。工部省のお雇い外国人カペレッティーの設計で、明治13年11月、靖国神社の「掲額所」として完成しました。掲額とは、陸軍少佐以上の戦没者の肖像画を飾るためです。

 遊就館の名前は、中国の古典『荀子』勧学篇の「君子は居るに必ず郷を択び、遊ぶに必ず士に就く」(原文は「君子居必擇郷、遊必就士」)から「遊」「就」を選んだものです。入口には有栖川宮熾仁親王の揮毫(現在は閑院宮載仁親王の揮毫)が掲げられました。

遊就館
有栖川宮の揮毫


 建物はレンガ造りのイタリア古城式で、当初は200坪。明治15年2月25日に開館式が行われ、以後、一般公開されました。
(入場料は当初無料でしたが、明治19年から大人3銭、明治41年から大人5銭)
 当時、日本に西洋建築は少なかったため、遊就館は迎賓館としても使われました。たとえば、明治17年4月8日には、有栖川親王がオランダ・イタリア・アメリカの外交官たちと晩餐会をしています。

 遊就館には、大坂城で保存されていた豊臣秀吉の武器などさまざまな物品が奉納されていきます。その上、日清・日露戦争で戦利品が急増したため、明治41年(1908年)9月24日に新館が竣工しました。新館は陸軍技師の設計で、合計757坪に拡大。新館完成とともに陳列委員会が設置され、軍医・森林太郎(森鷗外)が委員長となって陳列品の整理が行われました。

遊就館
遊就館の新館


 ざっくりいえば旧館は西南戦争、新館は日露戦争の記念品が並びました。遊就館は人気を集め、大正8年(1919年)度には47万人の入場者がありました。
 しかし、大正12年(1923年)の関東大震災で建物は大破し、撤去されてしまいます。翌年以降、仮館で運営を続けますが、昭和天皇の即位の礼が行われた昭和3年(1928年)に復旧が決定。東京帝大・伊東忠太の指揮の下、和洋折衷の帝冠様式で再建されました。開館式典は昭和7年4月26日です。

遊就館
再建された遊就館(1932年)


 建物は昭和20年5月の空襲で大きな被害を受け、多くの資料が焼失。さらに敗戦で、遊就館そのものの廃止が決まりました。建物は富国生命保険の本社として昭和55年(1980年)まで使用されました。
 そして、昭和60年7月13日、遊就館は約40年ぶりに再開。その後、増築・改修などを経て、平成14年(2002年)7月13日、新装オープンしました。

遊就館
修復前の遊就館


制作:2017年4月2日


<おまけ>

 敵の武器や物資を奪いことを鹵獲(ろかく)といいます。遊就館の展示品の多くは鹵獲されたものですが、具体的にどのようなものがあったのか。
 明治時代の陳列品の詳細は『風俗画報』(明治31年11月25日号)に、新館完成後の陳列品は『教育画報』(大正11年第14巻1号)に記録されています。以下、『教育画報』より、館内ガイドです。


●1室【江戸から明治初期の火砲】
●2室【江戸から明治初期の火砲】
 絵画2点(箱館戦争、台湾ブータン族の討伐)
●3室【城塞・火砲室】 
 姫路城、名古屋城の模型 額(宮城二重橋前の分列式) 明治33年(1900年)に遭難した練習帆船「月島丸」の死者109名の肖像 文禄の役で島津久光が奪った石火矢(ハラカンまたはフランキともいう) ナポレオン3世が徳川幕府に贈った施条砲

遊就館
第3室

●4、5室【江戸から明治初期の火砲】
 砲弾・火具・小銃・拳銃839点 西南戦争・田原坂の絵画 西南戦争の台所用品 寛永年間の砲術家・井上外記の20連発銃ほか和銃 西南戦争の戦闘図 西南戦争の負傷者132名の写真
●6室【維新前後】
 山県有朋など35の肖像 上野戦争・彰義隊の絵画 西洋砲術家の始祖・高島秋帆の肖像、その創製軍帽、訓練風景 佐久間象山の砲学図編 榎本武揚が箱館戦争で着用した海軍帽・軍服 高杉晋作の甲冑
●7、8室【上に上がる階段】
 徳川末期の陸軍服装沿革 元寇図
●9室【刀剣、槍、薙刀】
 戦国武将・森長可の十文字槍 丹羽氏次の岩突槍 長坂信政の大身槍 武田信玄の鐔(つば) 榊原康政の鐔 長船鍛冶(おさふねかじ)の石鎚
●10室【刀剣】
 明治天皇の正装・外套・軍刀・軍鞍 昭憲皇太后が持ち歩いた旅順表忠塔の模型 皇族の肖像8面 小松宮彰仁親王の正装・馬具 刀剣88振り
●11室【乃木希典】
 肖像 自刃した際の軍刀 遺言状 遺墨 勲章 ステッセル将軍から贈呈された馬具ほか472点
●12、13室【上から降りてくる階段】元寇の絵画
●14室【休憩室】日清戦争の海戦の絵画2面 元寇絵画1面
●15室【拳銃・小銃・陣具】
●16室【水軍室】
 熊野諸手船の模型 軍艦「敷島」模型 魚雷 水雷艇・快走船模型 艦載小口径砲の模型 徳川時代の軍船図6面 殉職飛行将校遺品 流鏑馬人形

遊就館
16室

●17、18、19、20室【徳川・豊臣時代】
 大坂冬の陣絵画 馬標 岡崎城模型 甲冑・馬具 熊本城門扉の大肘壺 韮山反射炉の写真 シベリア横断の福島安正大将の鞍・遺品26
●21室【朝鮮室】朝鮮の武器207点
●22室【貴賓室】
●23、24、25室【日清戦争】
 戦没者の肖像66面 大同江架橋・渡船の絵画 田庄台の戦闘 牛荘市街戦図 仙台から献上された女性1万人の髪で作った毛綱(軍艦用) そのほか戦利品

遊就館
24室
 
●26、27、28室【日露戦争】
 戦没者肖像 皇后から義手義足を賜った兵士写真 戦況写真 イギリス東洋艦隊司令官フールの写真、アメリカ陸軍長官タフトの写真 機関銃・速射砲そのほかの戦利品 日露戦争時のロシア満州軍総司令官クロパトキン使用の寝台・椅子

遊就館
28室

●29室【記念品、戦利品】
 小松宮彰仁親王の木彫り像 大山巌銅像 田村怡与造銅像 青島模型 旅順表忠塔の模型 イタリアの飛行将校フェラリンがローマから東京まで操縦した飛行機
●30室【昇降口】
 可美真手命(うましまでのみこと)肖像 小松宮彰仁親王の肖像
●31室【各時代取り混ぜ】
 緋縅金小札大鎧 南北朝時代や江戸時代の武装人形 平家物語絵巻 青島で使用したモ式飛行機 兜 馬具 甲冑 標本

遊就館
31室

●32室【鎌倉・南北朝】
 後光厳天皇が細川頼有に与えた錦旗 護良親王が着用した錦の直垂 足利義詮の花押つき母衣 大正天皇即位式の紫宸殿の威儀本位勅任官の束帯人形 上古・中世の武装人形 日本初の鉄盾 そのほか甲冑・刀剣 弓箭(きゅうせん)笠印
●33室【飛鳥、奈良、源平】
 坂上田村麻呂の兜・黒漆太刀 藤原秀郷(俵藤太)の毛抜き型太刀 聖徳太子の靱(うつぼ) 鏑矢 源義家の白旗 源義家が春日神社に奉納した緋縅梅金具の大鎧 平家の赤旗 唐鞍をつけた馬
●34室【非常口】
 平家物語より平家都落ちの絵画
●35室【先史時代】
 石器 骨器 埴輪 銅器 鉄鏃 蝦夷・台湾の兵器被服
●36室【足利時代】
 大森彦七の緋縅甲冑 兜 鞍 足利尊氏の肖像画ほか7面
●37室【豊臣時代】
 志賀与三右衛門が秀吉から拝領した唐冠兜 加藤清正が朝鮮出兵で使った軍旗 小早川秀秋の甲冑・陣羽織 多門伝十郎が家康から拝領した栄螺形(さざえなり)兜 九鬼嘉隆が朝鮮出兵で使った船標
●38室【非常口】
●39室【徳川時代】
 大坂城陥落の絵画 島原の乱の島原城模型
●40室【日露戦争の戦利品】
●41室【第1次世界大戦の戦利品】
 青島の模型 記念品23点 戦利品102点
●42室【そのほか戦利品】
 尼港事件で大砲運搬に使ったソリ
●43室【外国兵器室】
 オランダ王の肖像画ほか
●館外陳列場 4カ所
 23cm臼砲 7cm速射砲ほか
 
遊就館
野外の二十三珊(23cm)臼砲

九段公園の戦利品
九段公園の戦利品展示場

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