| 一.整列(式典中全員起立) 参列者一同 一.天皇皇后両陛下出御 奏楽「君が代」 陸軍軍楽隊、海軍軍楽隊 一.諸員最敬礼 一.国歌「君が代」奉唱 参列者一同、陸軍軍楽隊、海軍軍楽隊 一.寿詞(よごと)奏上 内閣総理大臣(近衛文麿) 一.勅語を賜ふ 一.紀元二千六百年頌歌斉唱 東京音楽学校生徒、陸軍軍楽隊、海軍軍楽隊 一.万歳奉唱「三声」 参列者一同 一.諸員最敬礼 一.天皇皇后両陛下入御 奏楽「君が代」 陸軍軍楽隊、海軍軍楽隊 一.散会 |
寿詞を奏上する近衛文麿
《臣(しん)等(ら)更に遠く心を肇国(ちょうこく=建国)の淵源に馳せ、思を創業の雄図に致し、感激益々深し……》
近衛文麿の寿詞(よごと)を聞いて、参加者の菊池寛はこう書いています。
《2600年前、橿原の宮の御即位式に、天神の寿詞を奏した天種子命(あめのたねのみこと)が、近衛さんの遠つ祖(おや)であることを思ふとき、臣も亦(また)100代の臣たることを考へ、感慨が深かつた》
文藝春秋の創設者にしてこの書き方ですからね、当時の雰囲気はすごいものだったんでしょう。
続いての勅語は、
| 紀元二千六百年式典ノ勅語
茲(ここ)ニ紀元二千六百年ニ膺(あた)リ百僚衆庶(しゅうしょ)相会シ之レカ慶祝ノ典ヲ挙ケ以テ肇国ノ精神ヲ昂揚セントスルハ朕深ク焉(こ)レヲ嘉尚ス
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です。
さてさて、そのあとの「紀元二千六百年頌歌」とはこんな歌。
| 一. 遠(とほ)皇(すめろぎ)の かしこくも はじめたまひし 大(おほ)大和(やまと) 天(あま)つ日嗣(ひつぎ)の つぎつぎに 御代(みよ)しろしめす 尊(たふと)さよ 仰(あふ)げば遠し 皇国の 紀元は 二千六百年 二. 青(あを)一草(ひとくさ)に 射照(いて)る日の 光あまねき 大八洲(おほやしま) 春のさかりを 咲く花の 薫(にほ)ふが如き 豊かさよ 仰げば遠し 皇国の 紀元は 二千六百年 三. 大海神(おほわたつみ)の 八潮路(やしほぢ)の めぐり行きあふ 八紘(あめのした) 聖(ひじり)の御業(みわざ) うけもちて 宇(いえ)と掩(おほ)はん かしこさよ 仰げば遠し 皇国の 紀元は 二千六百年 |
翌日は同じ会場で、奉祝会が開かれました。君が代斉唱、高松宮殿下による
「奉祝詞」奉読、天皇勅語の後、宮内庁楽部による舞楽「悠久」奏楽の中、祝宴が開かれました。
「奉祝詞」を奉読する高松宮殿下
「すゑのよの末の末までわが國はよろづの國にすぐれたる國」を歌詞とした
舞楽「悠久」を見る天皇
祝宴が終了すると、全国から集められた3000人の子供たちが
國民奉祝歌「紀元二千六百年」
(「紀元二千六百年頌歌」とは別物)を斉唱、最後に「天皇陛下万歳」で閉会です。
このときの勅語もあげておきましょう。
| 爰(ここ)ニ紀元二千六百年慶祝ノ宴ニ臨ミ各国代表者竝(ならび)ニ朝野ノ代表者ト歓ヲ尽クシ楽ヲ偕ニスルハ朕ノ深ク懌(よろこ)フ所ナリ
今ヤ一大世変ニ際会スルモ平和ノ日ナラスシテ恢復(かいふく)セラレ万邦ト倶(とも)ニ其ノ慶(よろこび)ニ頼(よ)ランコトヲ望ム |