《まず目に入ったのが、ごろりと横倒しになっている馬でした。横で馬方らしいおじさんが飛び跳ねながら獣のような奇声をあげている。まる裸で、体は火傷で赤とも紫とも知れぬ色に膨れ上がっている。動くたびに皮膚がズルズルと剥け落ちていきました》(美輪明宏「長崎で、私は一度死んだ」)
被爆後、すぐさま家を飛び出した美輪は、路地を抜ける途中、誰かに腕を掴まれます。
《私は半袖だったから、今でもあの感触を覚えています。『助けてくれ』。ひしゃげた声でした。思わずその手を振り払ったら、その人の腕の筋肉がズルリと剥けて飛び散りました。私の手首にはまだその人の肉の余りがついていた》
というわけで、原爆で崩壊前の長崎へ行ってみよう!
《敵米の新型爆弾の使用、ソ聯の一方的対日宣戦布告によつて戦局は真に危急、いまや最悪の事態に至り日本の直面する現段階は正に有史三千年来未曾有の国難に逢着したものといはねばならぬ、政府では……真に一億一丸となつて国体を護持し民族の名誉を保持せんとする最後の一線を守るため一億国民があらゆる困難を克服すべきことを要望した》(毎日新聞)
こんな報道もむなしく、翌々日、ついに日本は敗戦の日を迎えるのでした。
