問 若い者をその向き向きの商売にはめてやるのは親分のめがねでやるのですか、あるいは本人の希望によるのですか。

答 本人の希望によってやります。いっぺんもらったコロビの盃を返して改めて人売の盃をやるということはありません。コロビの盃を受けていても人売もやれば興行もやります。

問 盃には3通りありますか。
答 盃は1つで、一度貰えば、あとはやる商売によって区別されるのです。

問 親分の資本で商売をやるのですか、あるいは自分で資本を出してやるのですか。
答 親分の家にいる若い者は、親分の資本でやった場合は例えば11両の儲けがあれば4分(本人)6分(親分)に分配致します。親分の6分というのは親分の資本でやった場合で、雨降りなどで稼げない日もありますから、そういう日の生活の素になるのです。この親分のところにごろ付いていることを、これを「稼込み」といっております。それで1年でも1年半でも親分のところにおりまして、独立して一人で商売ができるようになれば放してやって自分で商売をやらせます。なかには商売ができないで戻って来る者もあります。

問 稼込みとは全国に通用する言葉ですか。
答 そうです。この言葉は全国どこでも通用致します。

問 一本立のときは親分が資本を出してやりますか。
答 だいたい品物で30円くらいの物を出してやっております。
  なお、稼込みと一本立の違う場合を申上げますならば、例えば他の家名の者に香奠を出すようなときは一本立は出しますが、稼込みはまだ厄介中の者だからという意味で交際には加わりません。
  地割をして貰う場合でも、稼込みはその親分に対する関係上、比較的いい場所を割りますが、一本立はかえってそれより悪い場所を割られるのが通例であります。もっとも稼込みはいい場所を貰いましても、その代わり、前申したように親分に6分出しますから、結局、同じわけになるのであります。

  もし乾児が他の家名に迷惑を掛けるような場合には破門ということになりますが、破門には個人破門、一般破門と2つありまして、個人破門の場合はこれは内輪のことでありまして、なお効き目のない場合に一般破門をするのであります。一般破門の場介には全国主だった親分のところに破門したことを通知し合うのであります。ですからその後はこんな商売はできなくなってしまいます。

問 そうすると親分は乾児の名簿でも作って交換しているんですか。
答 交換するということはありません。よそに行った場合は必ず名乗りを致しますからそれで誰であるかがわかります。
  もし相手方が「ニセモノではないか」と疑いを待つようなときは、本人に対して盃を貰ったときの年月日や取持人や預り人などを訊きます。この場合、ニセモノですとすらすら言うことができませんから、様子で直きばれてしまいます。
  他の家名の者がよそに商売に出掛けて来たときは、土地の親分のところに挨拶に行きますが、もしも雨降りなどで商いのできない場合は、挨拶に来て貰った手前、その者に対して宿屋の支払いをしてやったり汽車賃を持たせてやることもあります。

問 その助けてやるときは助けっ放しですか、あるいは後で親分同士で計算でもするのですか、又は通知でもしてやるのですか。
答 助けてやるのはお互いの義理でやることですから助けっ放しです。お互いいつどこで世話になるかも知れませんから。しかしよほど意気地のない者でなければ助けては貰いません。
  後で計算をしたり助けてやったことを通知したりはしません。助けてやった場合、本人が帰って親分に話せば向こうの親分から礼状が来ることもあります。話さぬ場合はそれきりです。

問 旅先の若い者が病気をした場合などは手当てをしてやりますか。
答 相当の手当てをしてやります。急病などの場合は、主だった者が相談して50銭、13円くらいずつ出して持たせてやることもあります。

問 稼込みと一本立の挨拶は違いますか。
答 稼込みの場合は、
  「どこの何々一家の若い者で、ただ今稼込みの何某であります」と申し、
  一本立はただ、
  「どこの何々一家の若い者何某であります」と申すのであります。

問 それでは今度は仁義の文句、盃のお話を伺いたいのですが。
答 仁義というのは、昔は例えば30人なら30人がその場におりますとそれに対して一々やったものであります。
  今は略して一人一人にはやりません。
  もしも仁義の途中相手に恥をかかせてやろうというようなときは、相手が「お控え下さい」と言わぬのに、こちらで先手を打って「さっそくお控え下すって有難うございます……」と言うのです。昔は大勢に仁義する場合、一人一人やったのですから実に大変でした。
  それで一人に発した言葉と他の人に発した言葉とが違った場合は侮辱するというわけで、後の人に交句を言われるので骨の折れたものでした。30年くらい前までは一人一人やらせられましたが、現在はやっておりません。ただ今は親分の宅かあるいは土地の親分の泊っている宿屋にみな集まりまして、新面(あらめん)の人がその席に出ます。                        
 たいていまず親分の若い者から仁義を発しまして、家名、親分、自分の姓名を名乗ります。それから順々に仁義を発し、それに対して新面の者が発し、最後に親分が発してそれを納めるということになります。
  もしもその席に並んだ人がみな同じ一家の者ばかりでしたら、最初発します乾児が
   「当席に控えております何々親分の乾児何某であります」
  という風に自分を名乗ります。

問 言葉の綾は気の向いたときお聞かせ下さって、ひとつ仁義の文句だけ書き取らして頂きたいのです。
答 (1)ただ今では全国一般に廻り順に仁義を致します。
  仁義の文句は

  つきましてお願い致します。早速でござんす、申上ます。言葉前後間違いましたら御免こうむります。手前、生国は何県何郡にござんす。当時勝手を持ちまして何県何郡に住居致します。渡世につきましては、親分と申しますのは何県何一家何の誰の若者にござんす。若者の身を持ちまして姓名発しまするは失礼さんにござんす。御免こうむります姓は何、名は何両3日のかけだし者にて、どこへ参りましても親分始めお友達さんのご厄介に成りがちにござんす。以後お見しり置かれまして、お引立をお願い致します。

  その言葉に連れまして一同の人達が「おたのみ申します」と述べます。
  (2)新面の人も同じ文句です。
  (3)納めの人は一番おしまいに、

  一々ご丁寧のお言葉でおそれ入ります。手前は本県におります何一家何の誰であります。以後お見知り置かれましてお引立をお願い致します。
  そうそうご一同さん、お手をお上げ下さい

  と申します。
  仁義を発するときは羽織の紐を片方(右側)外しまして、左手は左斜前方に掌を下にして置き、右手は真直ぐ前に出して五指を揃え小指を下方に拇指を上方にして掌を立てて置きます。
  そして座布団なしできちんと座ります。これはなぜかと思いまして、ずっと以前私の親分に訊きましたところ、手の置き方は相手の出ようによってはいつでも刀を抜かなければならないから、刀を抜く動作を自由ならしめるために自然と刀を持つ左手と抜く右手の位置がそうになったのだということでした。

  羽織の紐を片方外すのは仁義をする際はこの通り胸を開いて心から挨拶するのである、胸に何物もないという意味からであります。
  それで身体は少し右を突き出し、左斜めに構えまして、口で仁義を発しながら眼で相手の人を見廻すのです。頭を下げすぎると敵に斬られるところもあります。それを何も知らない人はただいちいち丁寧にお辞儀をするばかりですが、本当は軽く目礼する程度にするのです。
  なお、親分存命中は前申上げた右手の拇指は出して置きますが、親分がすでに故人になってしまった場合には栂指を掌の方に回すということになっております。
  仁義の仕方はよほど上の乾児にならないと親分が教えてくれませんから、この仁義のやり方ひとつでその人がどの位の位置の人であるか一目で貫目を知ることができます。

問 仁義の言葉は全国通り文句ですか。
答 そうでございます。

問 やはり仁義はござんす言葉ですか。
答 現今は必ずしもそうではありません。なお言葉も、最初年長者が特に「簡単に」と断ってからやりますから、単に親分の名前、自己の姓名を名乗るくらいであります。
  仁義の席では親分、乾児、新面の人は全部羽織の右紐は外し、座布団は敷きません。

問 旅人が来て貴方と仁義する場合は。
答 旅人はまず入口の戸を開ける前に下駄、足袋を脱ぎ、帽子を取ってその上に載せ、洗足で中に入り、敷居際までは来ず中途で仁義を始めます。
  こちらでは、
  「そこでは仁義になりませんからもっと前へお出でなさい。」
  と言いますと、旅人は、
  「旅先ですからここで……
  と遠慮するのですが、しかしこちらで、
  「時勢で流行りませんから何卒お上り下さい。」
  と重ねて申します。そうすると初めて旅人は家へ上るという具合です。
  もしも私が留守の場合は家内が代わってやりますが、旅人は
  「姐(あね)さんとお見受けしまして云々……
  と家内に挨拶するのです。
  それから旅人は家に上りますが、いちいちみなには挨拶はせず、ただ親分に挨拶するだけであります。

問 土下座をしますか。
答 現在は入口で下駄を脱いで来るような真面目にやる者はまあ20人に1人くらいのものです。

問 新面の男に対しても五分で扱うのですか。
答 そうです。親分、乾児の盃をするまでは他人ですから、五分と五分です。仁義をして初めて身分がわかるのですから、それまでは対等でやります。
  なお若い者は仁義を覚えると面白半分にやりたがり、向こうでやるとこちらも略すわけに行かぬので大変ですから、最初に年長者から「簡単に」と言って互いに略してやります。

問 仁義を言わしてみるのは、本当にどこの何某の身内かということを見るわけだね。
答 そうです。馴れない人は仁義を発するときに震えますし、顔色も変わりますから、態度、言葉ですぐ貫目がわかります。

問 盃の話をして下さい。どういうときにどんなことをやるのですか。
吾 親しい間柄の他の家名の人に「何日、家で新年宴会をやり、その際若い者に盃を下げようと思いますから、是非お取持を願います」と依頼します。
  たいていはまあ「自分にはそんな大役はできません」と逃げますが、あなたより他に人がないから是非と言って引受けていただきます。
  別に預り人にも頼んでその日来て貰います。
  まず新年宴会の言葉を発して後、盃を交します。
  取持人は来客に向って、
  「重ね重ねのお祝いでおめでとうございます。御主人が是非取持ってと頼まれるので、皆様にご異存がなくば取持ちたいのですが、いかがなものでしょう。」
  と申します。来客は、
  「何卒お願い致します。」
  と答えると取持人は、
  「取持作法にもいろいろございましょうが、私の家名の作法で致します。間違いましたらよろしくご指導願います。」
  と挨拶してから始めます。
  仮に10人に盃を下げると致しますと盃を12用意します。そしてこれを白紙で拭き徳利は2本に御幣を掛け、別に浪の花を3カ所に盛り、頭つき生魚2匹を用意致します。
  その位置は

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  右の通りであります。
  取持人は徳利に2本指を掛けて清めを3回やってから盃1つに酒を注ぎ、これを神農さん(神棚)に上げます。取持人は、
  後1つの盃に酒を注ぎ、3口に飲み「けっこうな御酒でございます。異存はありません」と挨拶致します。
  それから10の盃を並べて清めをして3回ずつ注ぎます。
  それから割箸は前で割らずに手を後ろに廻して割り、その箸にて塩を3度ずつ盃に入れ、肴も3度箸つけ致します。
このとき取持人と親分は座布団を外して畏って座り、取持人から親分に対し心持ちだけ残して「上って頂きたい」と申し、盃を親分の前に出します。親分はそれを少し残して飲みます。取持人はこのとき親分に「酒をなみなみ足すかそのままで良いか」と訊きます。
  土地によっては「足してくれ」と親分から言うところもありますが、親分の流れを頂戴するのですから、足さないのが正しいやり方であります。
  第2回目の盃は清めをしないで3回注いで頂きます。
  なお酒を注ぐ前に取持人が若い者に対して、「みなさんにお訊ねしますが、今までこういう商売にお入りになるについて誰一家の盃を貰う約束をしたことはありませんか?」と訊ねます。
  すると若い者の中には
  「盃は別に貰いませんでしたが『もし家名に入るなら、うちの家名に入れ』と言われたことがあります。しかし今は出入りしておりません」と答える者がおりますと、その者は別室に下がらせます。
  そして乾児は盃を両手に取りまして酒を3口半に飲むのであります。
  飲み終わりますとその場にぴたりと盃を伏せます。
  今度は取持人がそれを預り人の前へ待っていって「どうぞ起こして下さい」と申します。
  預り人は列席者に対し異存があるかどうか諮って、異存がなかったら伏せられている盃を起こして、それになみなみ酒を注ぎ、全部乾しましてからそれを半紙に包み、右袖から懐中に入れて左にしまいます。そして乾児に向かい、
  「確かにお預かりしました。お預かりした以上は絶対に盃は返しません。後々もし俯に落ちぬことや言いたいことがあったら自分のところに来て話してくれ、今日の盃を受けたということは私が世間に吹聴するから……
  と申します。
  親分はまた乾児に対して、
  「今日お前たちに盃を渡したが、今から自分の乾児である。取持人には縁はないが、取持人、預り人はお前たちのおぢと思って敬めろ。ここに集まった人は先輩だから兄さんという心待で交際あえ」
  と申し渡します。
  それから集まった人の中から代表者を呼びます。代表者は神農さんに上げた神酒を盆にあけます。
  今あけたお盆の酒を手先に付けて三つ手を打って「おめでとうございます」と言います。

問 最初清めで神農さんに上げるのは。
答 取持人がやります。床の間に神農さんの掛軸を掛け、または半紙にその画を書いて貼り、お盆に盃を載せて神農さんに上げるのです。それを3回やります。そして式が終わると今度は無礼講ということになるのであります。

問 いったん盃を受けたら他の盃は受けられませんか。
答 そうでございます。いったん盃を貰った親分が落目になったからといって威勢のいい親分の盃を改めて受けるというわけにはいきません。もしも他の親分の盃を待っている者が、更に盃を受けたいと言ってきたような場合は「親分を持ちながら何だ」と言ってその不心得を意見してやります。

問 弟分だったらどうですか。
答 弟分だったら親分の許しを受けて盃を貰います。
  もしも前申し上げたように、他の家名の者から「入るならうちへ入れ」と言われている者がおったとしますればその方へ盃を送ってやるのであります。

問 あるいは貰い受けるというような形で先方に交渉することがありますか。
答 向こうから「もし本人が望んでいるならばそちらでやってくれ」と言ってきたような場合はこちらで盃をやることもあります。

問 盃のやり方、持ち方はどうです。
答 盃は本式の場合は土器を使います。そして1度使ったものは2度と使わぬと言って割ってしまいます。普通は有り合わせの盃を用いて、いっぺんその場から持ち去り、再び出して使っているのが多うございます。
  盃のやりとりをする場合は着流しで羽織の紐は取ります。そして膝に手をやり、きちんと座りまして、盃を受ける者は盃を両手で持ちます。
  神農さんの掛軸または絵を置いた床の間を正座として親分が座り、預り人はその左隣に座ります。取持人はその横手に座りますが、特に貫目のある人である場合は親分の脇に座ることもあります。

問 給仕は誰がやりますか。
答 その家の若い者がやります。

問 取持人は親分と同一家名のものがやりますか。
答 いえ、同一家名の者はやりません。家名の違う人がやります。親分と親しい人が普通頼まれてやります。

問 預るというのは。
答 確かにどこそこの若い者が盃を受けたという見届人です。それで預り人は後で何か文句の起こったとき引受けるのです。

問 盃を返すということはありますか。      
答 テキヤには全然ございません。土方にはあるそうです。
  一度盃を貰った者が親から帰って来いと言われたような場合に、堅気になろうとして親分にそのことを話しますと、親分は「それはけっこうだ。また今の商売をやるようになったらまたうちに戻ってうちの名前で歩け」と言って別に杯を返すということは致しません。そのままであります。
  そしてその後、その者について何かごたごたでも起きた場合には、1度盃をやった者ですから、親分の名を名乗られたら、やむを得ませんからいつでも面倒を見てやります。

問 あなたの部下に盃わぬ人がいますか。
答 厄介者と申しましております。厄介者は仁義する場合そのことを申します。

問 盃の希望者はどんな人ですか。
答 若い人が多いです。たいていは親の言うことを聞かぬ連中とか、なかには警察官を途中で止めた者や、あるいは恩給を貰っている人が呑気にやっているのもあります。こんな人には改まって盃などはやりません。

問 初めから見込んで来る者がありますか。
答 そうです。なかには苦学のために来る者もあります。