ヤア香具師(やし)。てきや。ヤーさまともいう。ヤアトコセ住吉踊の掛声。坊主頭で派手なこしらえをした大道芸人が花万灯(はなまんど)をはやし立てておかしく踊った。かっぽれの豊年斎(ほうねんさい)梅坊主も、これにぞくした。ヤイノヤイノほれてのぼせ上がっている形容。「ヤイノヤイノと取りすがって」などという。女の方がほれている場合が多い。やえぎょく〔八重玉〕二重三重の祝儀(チップ)。やおぜんがたのしょくだい〔八百善形の燭台〕浅草山谷の料亭八百善の案出した大きい蠟燭立。普通の燭台同様の真鍮(しんちゅう)製なるも、一般用品よりガッシリと重量があるのが特色。芝居の小道具では今日も用いる由。
八百善の燭台やかいむすび〔夜会結び〕束髪(そくはつ)の一種。「たぼ」からねじり上げて左右に輪をつくり、銀杏返(いちょうがえ)しをおしつぶしたようにしたもの。
夜会結びやかず〔家数〕いえかず。やかた〔屋形〕屋形船の略。江戸中期には吉野丸、川一(かわいち)丸など、船上に屋形(屋根の形)をつけた豪華遊覧船が、すみだ川にうかべられた。「屋形船山の這(は)ひ出る如くなり」の古川柳に、そのおおらかな景色が想像される。こういう船には多くの芸者幇間をはべらして遊んだ。今井卯木は「川柳江戸砂子(えどすなこ)」に宝暦天明に60
余艘あった屋形船が文化年間には20
艘に減り、かって50
〜60
艘だった屋根舟(屋形船ほど大人数を乗せず、華奢(きゃしゃ)なアベックにふさわしい舟)が文化期には500
艘にふえ、これは大名と町人の盛衰が分かるとし、また侍が町人化した例であるともいっているのはおもしろい。「芸妓が這入(はい)って、お肴(さかな)がはいって船頭が六人位で、これは屋根に居る、こいつは艪(ろ)でこぐのではなく、竿(さお)でさす。この屋形船には蓬萊丸(ほうらいまる)とか日吉丸とかいふやうな名がついてゐて相当になかなか大きな船です。」(高村光雲「両国の夕涼み」)やかんしんじん〔薬罐信心〕熱くなるが、すぐさめる信心。やきぎり〔焼切〕おさまり。始末。「早く焼切をつけろ」やくざのもの〔厄雑のもの〕ひどいもの。つまらないもの。最下級品。「あんな厄雑な者だから、汝(われ)を力に思って居るんだから、」(三遊亭円朝「塩原多助一代記」)やくじょう〔約定〕極め。約束。やくたいし〔薬袋紙〕薬を入れる袋。楮(こうぞ)の木の皮から得た液体と雁皮(がんぴ)の液とを同じ量につかってすいた紙。やぐだな〔夜具店〕遊女屋で客用の夜具ふとんをいれておく部屋。やくれい〔薬礼〕薬代。やけのなか〔焼けの中〕火事で焼けている最中。やけのやんぱちひどいやけのこと。やじ親父の略。やしきまど〔屋敷窓〕武者窓。門番のいる所の脇から、門の方をみる窓。やしきもの〔屋敷者〕武家階級。屋敷育ち。また、武家屋敷に奉公するもの、したものをもいう。「店者(たなもの)」に対することばといえる。やしゃぶし〔夜叉五倍子〕樺木科(かばのきか)の落葉喬木(らくようきょうぼく)。内地の到るところの山地に自然にはえ、葉は玉子のような形で、廻りが針に似たひらき方をしており、長楕円形で、春は、一重(ひとえ)の小花が同じ株にいくつもひらき、果実は褐色、茶黒色の染料(夜刃(やし)の実)。やじりきり〔家尻切り〕家、蔵の後方を切り落して侵入する盗人のしぐさ。「とても悪事を仕出したからは、これから夜盗家尻切、人の物は我物と栄耀栄華(えようえいが)をするのが徳。」(河竹黙阿弥「小袖曾我薊色縫(こそでそがあざみのいろぬい)ーー十六夜清心」稲瀬川百本坑の場)やすけ〔弥助〕鮨(すし)のこと。大和五条の釣瓶鮨(つるべすし)へ弥助と名を変えて、平維盛がかくれていたという筋の「義経千本桜」の浄瑠璃からでた。やだいじん〔矢大臣〕居酒屋で酒をのむこと。「矢大臣をきめよう」。随身もの(家来)の酒をのむような下等な店ゆえ、矢大臣のいる随身門のしゃれ。やたいっぽね→「やたいぼね」やたいぼね〔屋台骨〕家。店。身代の意味にも使う。落語「景清」の定次郎が観音さまにかけた願が届かず、やけになって「こんな大きな屋台ッ骨をしやァがって、俺のこんなけちな眼が癒(なお)せねえのか、畜生めッ」。やたいみせのかに〔屋台店の蟹〕しゃちこばっている人をいう。やちぐさ〔谷地草〕山の間の土のようでいて、一と足入れると、5
、6
尺も入ってしまうところを、谷地、又は野地(やち)といい、谷地草はそうした湿地(ジメジメした所)にはえる草。やっかむうらやむ。やきもちを焼く。やつがれ僕。私。へり下って自分をいうことば。やっこ〔奴〕武家屋敷の仲間(ちゅうげん)。折助。今でも舞踊などにその姿の伝わる、あの「奴さん」である。単に「やつ」とか「あいつ」とかいうぞんざいな第三人称にも使う。やっこじゃのめがさ〔奴蛇の目傘〕上下にのみ渋がぬってある蛇の目傘。一般の蛇の目より安い品。やっこどうふ〔奴豆腐〕賽(さい)の目に切った豆腐。「奴に切ってくれ」という。奴の紋の釘抜(くぎぬき)に似ているから、いう。やっちゃば青物市場のこと。ヤッチャヤッチャと取引のとき、高声でいうところから。やっとん舞踊のこと。その足拍子からいう。やどぐるま〔宿車〕車宿(くるまやど、親方がいて店をかまえ大ぜい人力車夫をやとっている)に属している、身もとの明るい人力車。自動車でいうと、流しでなくハイヤー。やどさがり〔宿下り〕奉公人が帰宅すること。「当月武家奉公の女子、宿下り又は薮入とて家にかへり遊楽をなす、日定らず」と「東都歳事記」にあり、それゆえに往昔の歌舞伎の3
月興行はこれをあてこんで「鏡山」「妹背山(いもせやま)」のごとき御殿女中の登場する狂言を選んで上演した。また古川柳には「一丁の血を動かした宿下り」。久々に生家へ戻って来た美しい御殿女中へ、町内の若人たちのワイワイという評判ぶりである。やどやみせ〔宿屋店〕宿屋。やどろく〔宿六〕ろくでもない亭主。「内の宿六、亭主野郎」やなぎのおばけ〔柳のお化〕さがるというしゃれで、失敗したこと、おちぶれたこと。「さがっちゃこわいよ柳のお化」やなぎわら〔柳原〕古着のこと。神田須田町から和泉橋への電車通り(今の裏通り)には、南側に古着屋が多くあったためである。「この羽織は柳原だ」やねいたみたいなせった〔屋根板みたいな雪駄〕屋根板のようにペシャンコにすりへった雪駄。やねだい〔屋根代〕木賃宿の宿料。雨露をしのぐ屋根の代金という意味。やねぶね
〔屋根船〕屋根のある船で、芸者をはべらせてすみだ川の景色をあじわいながら盃を挙げるのに適した。屋形船ほど多人数を乗せることなく、小人数で浅酌低唱(せんしゃくていしょう)を主とした。「気の利いたもので、夏は青簾(あおすだれ)、冬は引き障子、実に気の利いた遊びです。」(高村光雲「両国の夕涼み」)やのむね〔家の棟〕屋根の最も高いところ。「家の棟三寸下(さが)り、草木も眠る丑満(うしみつ)の頃」などとよくいったが、近頃は家の棟といういい方がほとんどなくなって来た。やば〔矢場〕→「ようきゅうば」やばい犯人が警察の探査がきびしく身辺が危いこと。やぶさかて〔藪酒手〕ちょっとやった祝儀の金。やぼてん〔野暮天〕気のきかない人。ものの分からない人。やまいぬ〔病犬〕狂犬のこと。やまいわい〔山祝い〕昔、箱根山を無事に越すとそれを祝って、山祝いの盃を上げたと「半七捕物帳」(岡本綺堂)にある。もちろん、箱根には限らない。やまおかずきん〔山岡頭巾〕藺(い)などでこしらえた頭巾で、木こり、猟師、江戸侍がもちいる。やまがいる〔山が入る〕帯が古くなり、芯(しん)などが痛んで露出していることをいう。やまかご〔山駕籠〕旅でつかうかご。「四ツ手よりは稍(やや)広けれども前後覆(おおい)なく左右にも垂(たれ)なく雨天の時は桐油(とうゆ)を覆ふのみ冬抔(など)は随分寒し。」(高砂屋浦舟「江戸の夕栄」)やまがたにおく〔山形に置く〕中央が高く両方が下がり、山に似た形に品物を置くこと。徳冨蘆花「不如帰(ほととぎす)」に 「さうださうだ左様(そう)山形に置くものだ」。これは幾本かの酒徳利を、山形におけば見た目に美しいということ。やまかわしろざけ〔山川白酒〕白酒のことを、山川酒という別名があるのによる。やまぐもり〔山曇り〕山中で急に曇り、霧を生じること。やまこ〔山子〕大きなことをいう。「山子を張った」やまぜげん
〔山女衒〕地方のさびしい村々を専門に歩くぜげん。→「ぜげん」やまでおどす〔やまで嚇す〕仰山(ぎょうさん)にして世間をビックリさせる。やまとにしき〔大和錦〕唐綾(からあや)をまねてつくった国産の糸錦(いとにしき)。やまなしきゃはん〔山なし脚絆〕脚絆の上部が山形になっていないのをいう。やまをゆりだしたような〔山をゆり出したような〕山をゆすぶりだして来て、ここへ置いて見たような。やみあげく〔病揚句〕病後。やみくも〔闇雲〕何にも分からず夢中に。「やみくもに逃げたよ」やらずのもなか〔遣らずの最中〕やらずぶったくりの最中という意味。餡(あん)の入っていない最中のなかへ数字をかいた籤(くじ)の紙を入れてやるばくちで、その出来のいいときを見はからって、「やばいよやばいよ」(危険の意味)といいながら、その場の金もばくち用具もーしょに持って逃げてしまういかさまをいう。→「にさんのみずだし」やりだまにあげる〔槍玉に挙げる〕槍先に突き上げる。槍玉とは槍の玉縁(たまぶち、装飾あるふち)のこと。そのふちの辺りまで相手に深く突っ込んで行くこと。相手の人を攻撃する場合に、辛辣(しんらつ)にののしることをもいう。
やりて〔遣手〕遣手婆。遊女の取締りをし、万事を切り廻す老女で、例外はあるが、憎らしい貪慾(どんよく)の女が多く、「明烏(あけがらす)」の雪責めに見るように遊女を折檻(せっかん)するに一と役買ったりした。花車(かしゃ)、香車(きょうしゃ)ともいう。古川柳も遣手をよくいったのはほとんどなく、「知る人をひどくしばるは遣手なり」「つれ合ひの日さと遣手は梨を食ひ」「やりてとは仮(かり)の名じつは貰ひてえ」「そのとき婆(ばばあ)大音声に笑ひ」など。やりてべや〔遣手部屋〕遣手婆の部屋。やりひとすじ〔鎗一筋〕家来に槍をかつがせて歩くほどの武士。槍一筋の主。やれこれかれこれ。やんめ〔病む目〕昔は眼病の人があると、「やんめあり」など、その家の表へ札をはってだし、それをみた人にうつって、病人の方は直るといった。大正期の童謡「港」に対して作られた「ドレミっちゃん耳だれ、目はヤンメ」という替え唄の普及状態からおしてみると、このことばはついこの間まで生きていたものといえる。